ジョグはまとめてやるべき?分割しても良い?|参考になりそうな論文を添えて

タイトルのような質問があったので、自分なりの答えを導き出そうと思う。

同じ距離を走るにしても、1回でまとめて走るべきか、2回に分割するべきか、ランナーによって様々な見解があると思う。例えば、1回で20km走るか、朝と午後で10km*2回にするかといった具合である。

最初に自分の考えを言うと、トレーニングの内容自体(ジョグでいえば、距離、運動時間がメイン)による効果に比べると、何分割するかや、どのタイミングで走るかによる影響はそれほど大きくないと考えられる。つまり、各々が最もトレーニング負荷を得ることができるタイミングでやるのが基本的には良いと思う。ありきたりな考えである。

すでに十分にトレーニングができていて、ハーフマラソン以上のレースを考えているのであれば少し変わってくる部分もあるだろうが、多くの人にとっては上記の考えが当てはまるだろう。

最初に、例えば同じ距離を1回でこなす場合と2回に分割する場合の生理学的な違いについて考えよう。

同じ距離を1回でこなす場合、特に後半は筋グリコーゲン濃度が低い状態で走ることになる。生理学的観点では、1回でまとめて走る場合と2回に分割する場合で、ここが一番大きな違いになると考えている。起床後にエネルギーを摂取しないで行う朝練習にも同様のことが言えるだろう。

筋グリコーゲン濃度が低い状態で持久的運動を行うと(以下、Train-Lowとする)、より大きなトレーニング効果を得ることができる。筋グリコーゲンが低い状態では、AMPKと呼ばれる、ミトコンドリア(エネルギーを作り出す細胞内器官)や、GLUT-4(糖を血液中から骨格筋細胞内に取り込む輸送体)といった持久的運動に関連した遺伝子に働きかける酵素がより活性化されると言われている(スポーツ栄養学 科学の基礎から「なぜ?」にこたえる)。

つまり

筋グリコーゲン濃度の低い状態で運動
→AMPK活性化
→ミトコンドリア、GLUT-4の遺伝子発現活性化
→ミトコンドリア、GLUT-4の増加
→持久性運動パフォーマンスの向上

というメカニズムによって、持久性運動パフォーマンス向上の可能性が示唆される。

ここで、Train-Lowについて研究した論文(Yeo WK et al., 2008)について紹介しよう。

この論文では、筋グリコーゲンが高い状態(HIGH群)と低い状態(LOW群)でトレーニングを行う2群に分けることで、Train-Lowが骨格筋の適応や持久性運動パフォーマンスに与える影響について考察している。

HIGH群では100分間の中強度運動と、8*5分の高強度インターバルを1日ごと実施している。

一方、LOW群では上記のトレーニングを1時間の休息のみ(しかも栄養補給なし!)で実施している。1日で2回やって、次の日は休みという流れである。

筋グリコーゲンが低い状態とそうでない状態を顕著に生み出すために、LOW群には非日常的なトレーニング条件を課している。今回はバイクによるトレーニングだが、ランに置き換えると、距離走とインターバルを1日でこなすだけでも相当しんどいのに、まして、食事を取らずに実施するというのはなかなか被験者泣かせの実験だ。

ちなみに、バイクではランのような接地衝撃や筋肉のエキセントリック収縮が少ないため、ランではありえないトレーニング負荷を確保できたと考えられる(ランは筋肉や関節へのダメージが大きい分、トレーニング負荷を確保するのがバイク、スイムに比べると難しい)。仮にランで実施したとするとトレーニング負荷の絶対量が少なくなるため、この結果から少し割り引いて考えた方が良いと個人的には思っている。

結果はというと、ミトコンドリアの遺伝子発現を活性化するような因子と運動中の脂質代謝が活性化されたが、パフォーマンス向上率については有意な差が得られなかった(HIGH群もLOW群もトレーニング期間前後で同程度向上した)。

さて、この論文の結果を実際に落とし込むためにどのように解釈するか。研究者は、現場への応用のためだけに論文を書いているわけではないので、解釈は読む側の仕事である。

この論文の条件下では、ミトコンドリアの遺伝子発現を活性化するような因子と運動中の脂質代謝が活性化された、というそれ以上でもそれ以下でもない結果が得られている。一方、パフォーマンスの向上率には差が出ていない。

持久性運動パフォーマンスの向上につながりそうなポジティブな結果であるが、競技者が知りたい情報は「結局、それをすれば速くなれるの?」というところだと思う。この論文では「必ずしもそうとは言えない」という結論になるだろう。

メカニズムを追うことは大事だが、それがどの程度影響を及ぼすのかまで踏み込む必要がある。

また、実際のトレーニングは、論文中の条件と比べると、トレーニング内容も(ジョグならなおさら)、栄養管理も、ずっとマイルドなものだろう。つまり、これ以上ないほど条件に差をつけてもパフォーマンスの向上率に変化がないなら、日常のトレーニング環境下で生まれる変化はより小さくなるだろう(そもそも生まれるのか?)というように僕は解釈した。

Train-Lowでパフォーマンス向上が起こった論文(Hansen AK et al., 2005; Marquet LA et al., 2016)、起こらなかった論文(Ghiarone T et al., 2019)はそれぞれあるが、条件間の差をハッキリ出すためにどれも強いエフェクトをかけている(例えば、夕方練習後、炭水化物抜きの食事をして就寝。そのまま朝練習、とか)。

※エフェクトをかける、という言葉は、Sushimanさんの以下のnoteから拝借。



それでも効果は半々ということを考えると、僕も含めたマイルドな生活を送る人々がこれをもとに大きな成果を挙げるのは労力に見合わないかもしれない。ここまでシビアにTrain-Lowを実践している人はかなり少ないだろうし、それに近いこと(例えば、夕食のご飯の量を少なくする)を実践した人が良い結果を残したとしても、Train-Lowがパフォーマンス向上の主要因と結論づけるのは難しいと思う。

とはいえ、Train-Lowのような、トレーニングにエフェクトをかける手法については知って損はない。例えば、すでにある程度のトレーニング負荷をこなしていて、純粋に負荷を高めるよりもエフェクトをかける方が都合の良い場合には、Train-Lowは大いに参考になるだろう。(僕も心がけていることがあるので、今度noteに書く)。また、例えば日頃から朝練習をメインにしている人にとっては、十分続ける理由になるだろう。補給なしの朝練習はできるに越したことはないと考えている。

ただ、今回の場合でいうと、Train-Lowによるエフェクトと、トレーニング内容そのものを考えた時、後者の方がパフォーマンスに与える影響はずっと大きいということ。エフェクトをかけることに躍起になって、肝心のトレーニングがないがしろでは元も子もない。時間的、労力的にトレーニング負荷そのものを増やす余地がある場合は、そちらを優先すべきであると思う。

以上の理由から、多くの人に当てはまるように書くなら僕の考えは最初に書いたようになる。論文結果の解釈はどうしても恣意的になるため、他の結論も大いに考えられる。そもそもひとつの正解はないので、それで良いと思っている。事例研究の論文オンリーで結論を導き出すのは不可能に近いので(むしろそうすると実情を反映しない結論が導き出されることもある)、最後は自分の経験も含めた結論になる。

論文を読むこと自体よりも、自分の経験と合わせてどのように解釈するか、どのように応用していくかが、競技者として大切なところだと思う。

今回はジョグはまとめてやるべき?分割しても良い?という中長距離選手にありがちなテーマについて、論文を参考にしながら考えてみた。人によって様々な解釈があると思うが、ひとつの例として参考になればと思う。

ともかく、正解のない答えを自分なりに導き出すのは楽しい!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?