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ショートショート「溺死」

酒がとても美味しい。20歳になるまで酒を飲んだことがなかった(法的に当たり前のことだが)僕は、成人した直後にウイスキーを飲んで上機嫌になったのちふらふらになり眠りに落ちた。その日から酒の持つ酩酊作用と安眠作用にすっかりハマり、試験が終わった日や大事な仕事をやり終えた日に視界がぐるぐる回るまで酒を飲むのが習慣になっていった。今では酒と10年ほどの付き合いだ。


嫌なことがあった。楽しくなりたい。そんなときに酒は自分の味方をしてくれた。


最近気づいたのだが、仕事中にこっそりアルコールを身体に入れると脳の働きがよくなり作業効率が上がるような感覚を覚えた。今ではストロー付カップの中身をこっそりチューハイに入れ換えてジュースを飲んでいると見せかけて仕事中に嗜んでいる。とても心地よく仕事ができる。


仕事が終わって家に帰って志望する業界に転職するための勉強をするときも酒がお供だ。勉強にはビールが最高だ。糖質が脳の働きを助けてくれるんじゃないかな。


勉強が終わって好きな音楽を聴きながらまったりしていたら、3年付き合い結婚を考えていた彼女から別れの電話が来た。自分が世界から必要とされてない感覚に陥った。悲しくなり涙を流す時間ほど精神に悪い影響を及ぼすものはない。こういうときは酒の作用に頼り現実を忘れ眠りに誘われた方がいいのだ。


コンビニでワインを買ってきて飲む。思っていたより辛いのを買ってしまったようだ。爆音でEDMをかけちびちび飲みながら1瓶を空にした。頭がぐわーんとして天井が回り始める。


気持ちが悪い。気持ちの悪さは酒を飲んで解消されるだろうか?お、ちょうどストックしてあったウイスキーがあるじゃないか。ああ、焼けるように喉を伝う美味しさよ......猛烈に吐き気が襲う。この気持ち悪さを口から解放したらまた酒が飲める気分になるだろう。トイレに行き分解しきれなかったアルコールを戻した。


視界が回りまっすぐ歩けない。家でよかった。ベッドまで行くのがだるく床に寝そべって目を閉じた。自分の身体が回っている気がした。意識が落ちた。



目を覚ますと既に水曜の昼だった。携帯には鬼のように不在着信履歴が残っていた。どうせ出ても叱られるだけだ。貯金もないわけではないしどうせ今の職場もやめるつもりだからもうどうでもいいや。


ウイスキーの残りを飲みながら資格試験の勉強をした。頭がとても痛い。もっと飲んで痛みを緩和させよう。なんだか胃腸も痛んできた。ふらふらしてきたので横になる。回る天井、痛む後頭部。そしてどんどん回転スピードは加速していく。楽になりたい―楽にさせてくれ―僕は仰向けに寝たまま横にあるウイスキーの瓶を手に取り中身を口に流し込んだ―



僕の目の前にはウイスキーのプールが広がっていた。いつの間にか、琥珀色の液体の水面がキラキラしているのが見えた。まるでプールの深いとこまで潜り底から水面を見上げているようだった―僕はどこまでもどこまでも沈んでいった。





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