診断はゴールではなくスタート

例に挙げた二人の患者さんは、けっして特殊なケースではありません。きちんと診断がつくまでに数年かかることも珍しくはないのです。

また、がっかりされるかもしれませんが、POTSの診断がついても、これといった特効薬はまだありません。ですからこの疾患の治療では、おもにPOTSの症状を和らげ、日常生活を少しでも楽に送れることを目指します。

まずはしっかり休むことから始める

Aさん、Bさんの二人に共通しているのは、過労が発症のきっかけになっていたことでした。そこでまず、十分な休息、すなわち睡眠をとってもらいます。調子が悪いと感じたときには、一日10時間くらい眠ってもいいと思います。

ところが、3分の1のPOTS患者さんには睡眠に問題があるのです。本来ならしっかり眠って休息を取る必要があるのに、深夜になっても寝つけない、眠りが浅くてすぐに目が覚めてしまうなどの症状が現れます。なかには、8時間以上眠ったはずでも次の日に疲れが取れない感じが残る人もいます。このような症状が続くと、朝すっきり起きられず、活動できる時間がだんだんうしろにずれていきます。ひどい場合は昼夜が逆転してしまうこともあります。

こうなると、学校や職場に行けなくなるだけでなく、一日周期でリズムを刻む体内時計の働きにも悪影響が出始めます。食事、運動、休息というヒトの身体活動は、時間帯によって差があることがわかっています。人によって早起きが得意な朝型、夜更かしをしても平気な夜型、どちらでもない中間型がいますが、どのタイプであってもこれをコントロールする体内時計が不調だと、望ましい健康状態を得るのは難しくなります。

POTS患者さんが十分な睡眠を摂れない原因の一つとして、夜になっても交感神経の働きが鎮まっていない可能性があります。とくに、スマホやパソコンの画面から多く発せられるブルーライトも交感神経を刺激する働きがあります。寝る前の1、2時間はテレビを観たり、スマホやタブレットを操作したりすることは避けましょう。

どうしてもぐっすり眠れないときは、自然な睡眠を促してくれるような薬を処方してもらいましょう。代表的なものに、眠りと深い関わりがあるメラトニンと同じような作用をするロゼレム(一般名:ラメルテオン)があります。メラトニンは体内時計のリズムを整えるホルモンで、夜間に増加して明け方に減少します。

この薬は睡眠薬としての効果は弱いのですが、睡眠と覚醒のリズムが狂っている場合に有効です。またロゼレムによる睡眠のリズム調節には、個別に薬の量や飲むタイミングの調整が必要な場合があります。詳しくはかかりつけの医師に相談してみてください。

また、脳内の細胞ではオレキシンという目が醒めた状態を維持する物質が作られています。最近このオレキシンの作用をブロックして、結果的に睡眠を誘導するタイプの薬剤も使われるようになりました。ベルソムラ(一般名:スボレキサント )やデエビゴ(一般名:レンボレキサント )がこの仲間です。

これらの薬剤は、従来用いられていたベンゾジアゼピン系睡眠薬に比べて依存性が少なく、薬をやめた時の反動も少ないことがわかっています。

目が覚めたときのおすすめルーティン


多くのPOTS患者さんが困っていることの一つが「朝起きられない」ことです。目覚めてもからだが動かず、1時間近く寝床から起き上がれない方も珍しくありません。

朝目覚めたら、太陽の光を浴びる

先程述べたように、POTS患者さんは体内時計による目覚めのスイッチが早朝ではなく、後ろの時間にずれている可能性があります。夕方から夜になると少し元気になるのですが、その頃には普通の学校や職場は終業になっていて、タイミングが合わず、問題になることはよく見受けられます。

そこで、天気の良い日は起きたときに太陽の光を浴びましょう。長時間ではなく、15分から20分くらいまでで十分です。強い光が眼に入ることで、健常人でも24時間より少し長いとされている体内時計がリセットされます。

そうは言っても、そもそも朝起きて、カーテンを開けるまでたどり着けないという方もいると思います。その場合は、横になってもできるウォーミングアップの体操をおすすめします。

起きるまでの準備運動にぴったりなのは、ゆる体操というメソッドです。この運動を行うと、ストレスや疲労などでこり固まっているからだを上手にゆるめることができます。すると血液や体液の循環が良くなり、 活動しやすくなります。

布団の中でもできる腰モゾ

まず、あお向けに寝た状態で膝を立てましょう。膝はくっつけずに少し開いてください。全身の力をダラーっと、思いきり抜きます。そして「モゾモゾ」と言いながら、腰を床に軽くこすりつけるように左右に動かし、腰回りの筋肉をほぐしていきます。ただし、あまり早く動かすとうまく脱力できません。コツは、力を入れて押しつけず、腰自体の重さで床にこすりつけるような感じで行うことです。実際に動く幅は少しでも、腰の周りがときほぐれて軽くなります。

動きの起点となる腰をゆるめることで、日常生活のみならず様々な動作を効率的に行えるようになります。腰痛がある人にもおすすめです。そしてこれなら、寝起きの布団の中でもできるでしょう。

腰モゾ



膝コゾはマッサージと筋トレが同時に可能


つぎは全身の血液循環に重要な役割を果たしているふくらはぎの血行を促す体操です。先程と同じく、全身を脱力し、あお向けに寝て両膝を立てます。片方の脚を膝の上にのせ、ふくらはぎがときほぐれるように「コゾコゾ」と言いながら前後にゆったりと動かします。ふくらはぎの痛気持ちいいところを膝でさがしてこすってみてください。反対の脚も同じようにほぐします。

この運動をよく観察してみると、脚は脱力したまま大腿をお腹に近づける動きをしていることがわかります。このときに働いているのが腸腰筋という体幹やボディバランスを保つために重要なインナーマッスルです。つまり膝コゾはマッサージ効果だけでなく、腸腰筋の筋トレにもつながるかなりお得な体操なのです。

膝コゾ



下腿の運動にとどまらないすねプラ


最後に、片方の脚を反対側の膝に掛けてください。足首とすねを脱力し、上下に揺らしましょう。ポイントは、自分が気持ちいいと思えるように動かすことです。「プラプラ」とつぶやきながらやりましょう。このわずかな揺れの運動が背骨を伝わり、体の中心から全身がゆるんでリラックスしていることが実感できると思います。

すねプラ



これらの体操は、長時間行っても危険がありません。時間の許す限り、取り組んでください。

また、いずれの体操も椅子に座った状態でも行えます。デスクワークで長く同じ姿勢でいたときの脚のむくみの解消に役立ちます。

なお、ゆる体操の公式サイトでは、ここに取り上げたもの以外の体操も動画で観ることができます。ぜひ、参考にしてください (http://www.yuruexercise.net/japan/movie.html)。




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