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言わんでいいこと

 大阪の立ち食いそば屋にて。駅のホームにある店でカウンターしかなく、横長のしつらえになっている。次々と客が入ってきて、やがてカウンターが混み始めた。おばちゃんが店にいる客に、詰めるようにうながす。

「いらっしゃい。すんまへんな、ちょっとあけてもろて、うん。」
「はい。民族大移動ありがとうございます。」

これ面白いのが、「民族大移動」という無駄なフレーズは、あくまで実際に客が移動する活動が終わった後に放たれている点である。もし、「いらっしゃい。すんまへんな。民族大移動お願いします」と言ったら、客はなんのことか分からない。ただしよほどの常連のあいだでこの言葉の意味が共有されていれば、別だが。このギャグは、移動を終えた客たちをなごませもする。あくまで一連のやりとりが終わった後での付け足し。だから客は別に、必ずしもそれに反応しなくてよい。「民族大移動」が、こうした発話の位置で発されているという点は、おばちゃんの公共心に支えられたさりげない実践であるという気がする。 

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