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父の頭蓋骨はピンク色だった

2020年12月末、父の葬儀が営まれた。

老いた母の代わりに私が喪主をつとめ
質素ながらもそれなりの葬儀にできたはずだった。
納棺の瞬間までは。

「お別れの時間です」
司会の人の言葉とともに
棺が開けられた。

冷たくなった父の周りに、親戚らが花を添える。
父は青い花に包まれ、また私が探してきた黒澤明のDVDなどに囲まれて満足そうだった。 
親戚から「映画が好きだったものね‥」
という声も漏れた。
父の思い出の演出もさりげなくこなせた。
good good。

酒飲みで平凡な昭和のおやじでありながら
インテリっぽく振る舞うのが好きだった父。

現に、映画にはやたら詳しく
時代小説をよく読み写真も得意だった。
父の足元に、好きだった小説や
なんとか賞を受賞した写真などを並べた。

飲むと明るい変なおじさんになり
私はその様が好きだったので
酔っ払ってピースしている写真を
大きく引き伸ばして式場に飾ったりした。

やっぱりどうしても、生きたままの父が
そこにいるような気がした。

これで父を無事に送り出せる。
少しホッとした気持ちで棺を見渡した
その時のこと。

ふと父の頭の方で母の声がした。
「お父さん、あなたが大切にしていたカツラですよ」

‥!?

振り向くと父の頭にカツラをはめようとしている母の姿。

カツラは古くなっておりうまく頭にはまらない。
それを母はギュウギュウと
ハゲ頭に押し付けて
なんとかはめようとしている。

私はその様子に呆然とした。
父は抵抗もせずされるがままだ。
参列者も母の行動に目を奪われている。

名誉毀損だろ。

しかしここで私が母の行動を制したりして
せっかくの「しめやかさ」が 
失われる事も憚られた。


私が腹の中で燃えるような葛藤と戦い
白目になっていると

父の弟が
「義姉さん、その辺にしときましょう」
とカツラを父の頭頂部近くに置くという
妥協案を提示していた。

こうして父とカツラが納められた
棺は親戚一同が見守る中
霊柩車に乗せられ出棺した。

父と母は約30年前に離婚している。
主に父の女性問題が原因。
(その後同居生活が長くなり事実上復縁した)


母は30年越しに復讐しようとしたのかもしれない。
とぼけたフリして大した女だ。

間も無く火葬場に着き、 
棺が焼却炉に入るその瞬間
やっと、ああ父は死んだのだと実感した。

悲しみというより吐き気に近い感情の
うねりに襲われた。 

しかし私は喪主だ。
その上、しらふでは
ヨヨヨと泣くような
キャラクターではない。

私は口を固く閉じて踏ん張った。
奥歯がギリギリと鳴った。

驚くことに母は、
この時「ウゥッ」と声を出して私の腕を掴んだ。

この人はいつもこうなのだ、
TPOは外しておきながら
自分の好きなタイミングで
感情を全開にしてもたれかかってくる。

しかし母もわたしと同じで
この時まで忙しすぎて
父の死を実感しておらず
フワフワとした行動をとっていたのかもしれなかった。

だからといって死人にカツラを被せるような
行為が許されるとは思わないが。

焼却炉の扉がシュウンと開き
父が中に入る。
入口に立つお坊さんの
お経を読む声が一段と高まる。

本当に終わりだ、お父さん。
さよなら。
ありがとう。

肉体が消滅する。
体が焼かれ、炙りイカのように
肉体は起き上がりまた倒れる。
やがて骨以外は炎の中に消えていくのだ。

いつかオカルトサイトで得た
火葬に関する
要らぬ知識が頭をよぎった。

焼却炉の扉が閉まるのと同時に
私の心のうねりも鎮まっていた。

この後親戚と話したりして
小一時間過ごさねばならないし
目を赤くしていたくなかった。



さて無事火葬が終わり、骨を集める段となった。

係の女性が手際良く骨を集める。
ここが骨盤、ここが喉仏‥
と主な部位を紹介してくれた。

肋骨のあたりが水色だった。

「お骨にはお花の色がうつることがございます」と係の方が説明してくれた。なるほど。

頭蓋骨の骨を集める際には
「こちらもピンクになっておりますが、お花の色かと」

という。


違う。
ピンクの花など入れていない。



それは紛れもなくカツラの色素だった。

一瞬で私は2時間前の悲劇を思い出した。


確か人工毛髪を黒くするメラニン色素は
褐色から構成されている。
それを白骨の上に乗せたらピンクになるはずだ。
ここでも要らぬ知識が甦る。

父は永遠にカツラを頭につけたまま
眠ることになったのだ。


母はなんて事をしてくれたのか。

その後係りの人が
「故人様の眼鏡などありましたらご一緒に」
という。

すかさず母が
「主人が使っていたものです」
と持参した眼鏡を渡すと
レンズが外れた。

係りの人が
「あっレンズが‥」というと
母は「そのままで大丈夫です」という。


なんでそんな壊れてるの持ってきたんだよ。

こうしてピンク色の頭蓋骨と
バラバラになった
フレームとレンズが骨壷に納められた。

やはり母は父を相当恨んでいたのかもしれない。

私はこれらの衝撃を胸に納め
骨壷を胸に抱えた。

お父さん、
小さくなってしまったねぇ。

火葬場を出ると空はどこまでも蒼く
骨壷を包んだ布は眩しいほどに真っ白だった。

ピンと澄んだ真冬の空気に
父の気配を感じながらゆっくりと歩いた。

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