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台北・バスキング・デイズ vol. 5

雨が降るって君がいうから-前編

「ケイスケさん、ちょっといいですか?」

と、昼前に目覚めた私に、プライベート保護のためベッドの端に天井から垂れ下がっている幕の隙間から、テゥさんが声をかけてきた。

テゥさんは私の下側のベッドを占有している台湾人で、日本での滞在歴もあり、ある程度日本語が話せる。あと、日本語の他に、アメリカやオーストラリアにも住んでいたので英語が話せ、韓国語も少し話せるそうだ。同室ということもあって、いつのまにかよく話す間柄になったわけだが。

彼は少し思い悩んでいる様子で、話を聞くとこういうわけだった。

隣のベッドとの境界の大部分は壁なのだが、入り口側の4分の1ほどは幕が垂れ下がっていて、幕と壁との間に隙間がどうしてもできてしまう。彼のベッドの隣は若いアジア系の女性が泊まっていて、夜自分のベッド上でくつろいでいると、隣のベッドとの境界に垂れ下がっている幕の隙間から、部屋着でくつろいでいるお姉さんの姿が見えてしまったわけだ。

不可抗力な状況ではあるが、彼が言うには、もっとも奥行きがあるのに、ベッドの端に近い部分で、それも無防備な格好で、わざわざくつろぐかと。

「これって、誘惑?誘惑ですか?」

とテゥ氏。

そんなわけないでしょう、と突っぱねるのも無粋なので、

「そうかもしれないから、おねえさんに直接聞いてみれば?誘ってるんですかって。」

とアドバイスしておいた。

そんな適当なことを言いつつ、週末のバスキングを思い返していた。

狂気をはらんだかのようなエネルギーが、行き交う人々からほとばしる中、それに呼応せんがごとく、何かに取り憑かれたようにギターを弾き狂っていた私だが、日曜日の夜は全く勝手が掴めなかった。

どれだけ「スーパーイタコモード」を発動させても、反応はあるが空振りに終わることが多く、疲労感だけが増していく。ひょっとすると、金曜日と土曜日はとても賑わうが、日曜日は翌日から始まる仕事や学校に備えて、自宅でおとなしく休息をとっているのかもしれない。

確かに、メルボルンでも金曜日と土曜日はやたら売り上げが多かった記憶がある。その時にとったデータから考えてみると、日曜の収益が平日を上回ることはまずないと見て良いだろう。

とすると、この閑散とした感じがずっと次の週末まで続くとすれば、バスキングはほとんど徒労に終わる可能性が高いと推測できる。別の手を打たねば。

そう言えば、ガイドブックに載っているのだが、台北の至る所で「夜市」というのがあり、屋台やお店やらが一箇所に集中していて、連日日本の夏祭りのような感じが続いているらしい。欧米圏ではどんどんクレジットカードが浸透していき、バスカーがチップをもらいにくくなっている中で、こういった屋台文化が古くから根付いているから、台湾でのバスキングはわりと安泰なのでは、とゆあささんもおっしゃっていたな。

ただ、バッパーでお会いした日本人バスカーの方が「夜市でバスキングする場合は気を使った方が良い」とアドバイスをくれた。西門町で巡回しているお巡りさんに注意されるのと異なり、夜市でお巡りさんに注意されるときは、お店の人だったり、近隣の住民だったり、通報であるケースなので、シャレにならないことになる場合があるとのこと。

うーん、とてもリスキーだ。しかし、河原町で出会ったソロギタリストのコッチ君も夜市がとてもよかったと、特に「士林夜市」がオススメだと言ってくれていた。

悩んでも仕方がないので、ものの試しにやってみるかと、まずは視察に向かった。士林夜市は聖書「地球の歩き方」によると、台湾最大級の夜市らしく、食べ歩きのできる屋台のみならず、色々と射的やらエビ釣りやら遊べる場所もあるそうだ。もはや日本の夏祭りと完全に一緒だ。

私の宿泊しているホステルからの最寄駅は青色路線の「龍山寺駅」。西門駅は隣の駅で、もう一駅向こうが台北駅である。台北駅で、淡水駅行きの赤色の路線に乗り換えをする。「士林駅」というのがあるが、一つ手前の駅の方が近いので、そこで降車する。

それにしても台湾の地下鉄(MRT)はちょっとした緊張感がある。改札前に黄色の線が引いてあり、その線を越えると飲食禁止ゾーンに入るので、電車に乗車中のみならず駅のプラットホームでも飲み食いは一切できず、発覚すれば罰金の対象となる。

時々鉄道警察のような人が違反者がいないか見張るために乗車してくるので、若干背筋がピンとなってしまう。駅から徒歩十分もかからない場所で、屋台が並び人々がたむろしてる区画があった。

これが士林夜市か。とりあえずぐるっと回ってみるかと、とぼとぼ歩いて行った。流石に台湾最大級と言われるだけあって、中に入っていくと、もはや自分がどこを歩いているか分からなくってしまう。

中の路地はとても狭く人とすれ違うも、注意しなければぶつかってしまいそうだ。迷いつつ大きな通りに出るたびに、自分の現在位置を地図で確認する。そして、どんどんタコの足の串焼きやらソーセージやら、のゴミが増えていく。

おっと満喫している場合ではないな、とある場所に出ると、そこにはたむろしている人々と、ずらっと並んだタクシーの列が。士林夜市と書かれたネオンの光る建物のすぐそばではあるが、ここなら音を鳴らしても大丈夫じゃないだろうか。

候補地が決まったので、その日は意気揚々と宿に帰宅した。ネットでコッチ君に確認すると「そう、そこですよ」と昔の記憶から思い出してくれた。

よしよし、ここで決まりだな。と順調に算段が決まってくるし、何よりも自分のバスキングスポットを見つけ出す勘が鈍っていなかったのが嬉しかった。

それにしても、何でこんなバスキング的においしそうなポイントに誰もバスカーいないんだろうか、という考えが頭の中を一瞬よぎったが、「台北のバスカーそれほど熱心じゃないのかも」と深く考えずに適当に結論づけて就寝した。

翌日の夕方、機材を持って、MRTに乗り、夜市へと向かった。そして、タクシー乗り場で到着すると、平日にも関わらず観光客と思しき人たちが歩き回っていたり、待ち合わせをしているのか腰を下ろしてのんびりしていた。

これならいけそうだと思い、機材をセッティングし、早速演奏を開始した。

しかし、何かが違う。全く人が反応しない。

いや、ちらほら見てくれる人はいるのだが、演奏が周りの雰囲気と噛み合っていない気がする。これはひょっとすると、食事に意識がいっている人はパフォーマンスには目もくれないって現象か。

メルボルンでは、夕食前の時間帯は皆足早に歩き回り、演奏に足を止めて、聞き入ってくれる人なんてほとんどいなかったので、この時間帯は基本的に捨てるようにしていたのだが。

ということは、もう少し粘って、食事を終えた人が増えてくれば、演奏を聴いてくれる人がでてくるかもしれない、と思い、気を取り直して演奏を続けようとしたところ、薄青いTシャツを着た若い男性が手を振りながら「No, sir!!」と叫んできた。

訳せば、「困るぜ、だんな」かなと思い、よく見てみるとTシャツにはセキュリティの文字が。警備員か。

そりゃこれだけの規模のでかいナイトマーケットで、観光スポットとしても人気のある場所だから、トラブル対処の人ぐらいいるよね。よくて警察に怒られるか、悪くて地元のマフィアに脅されるか、ぐらいのことを覚悟していたのだが、警備員の人で逆にホッとしてしまった。

勿論、この注告を無視して、演奏を続ければシャレにならない事態になることは想像に難くないので、すぐに片付けに取り掛かった。

雰囲気も良さそうなのに、バスカーがいないのはこういうわけだったのね。コッチ君が台北を訪れてからそんなに何年も経っているわけではないとは思うが、情勢は日々変化していくものなんだろう。

早々に撤退して、西門町でバスキングをしてみるも、やはり時間帯が少し遅いせいか人通りもまばらでイマイチな結果に終わってしまった。やっぱり、西門町で粘るしかないかと思い、気合を入れ直して、翌日目覚めると、雨が降っていた。

続く。

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