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【小説】偶然と、必然と。

その日、彼は電車を待っていた。正確に言うと、待ちたくて待っていたわけではない。たまたま、乗るはずだった電車が前の駅で事故を起こし、遅れていたのだ。
 会社には連絡済で……といっても、彼は大きな契約をまとめたばかりで、初めから少しくらい遅れても、あれこれ言われる事は全くなかったのだが。
 少しは休めるな……。もともとは消極的な彼は、そう思っていた。

 その日、彼女は電車を待っていた。正確に言うと、待ちたくて待っていたわけではない。たまたま、乗るはずだった電車が前の駅で事故を起こし、遅れていたのだ。
 会社には連絡済で……といっても、彼女はこれから面接に向かうところで、正確には彼女の会社ではない。公共機関の事故による遅刻は問題ないのだが……。
 早くしてよね……。もともとは積極的な彼女は、そう思っていた。

 彼は、ふと隣にいる女性に気がついた。
 美人だけど、きつそうだな……。

 彼女は、ふと隣にいる男性に気がついた。
 かっこいいけど、のんきそう……。

 彼は時計を見た。八時四十五分。

 彼女は時計を見た。八時四十五分。

 何で同時に見るんだよ……。
 彼は心の中で苦笑した。

 同時に時計を見るなんて偶然、ほんとにあるのね……。
 彼女は心の中で呟いた。

 あ、電車来た……。ちょっと残念……かな…………?

 あ、電車……良かった、これで面接に行ける……。

 昨日は事故のおかげで美人さんと会えたな……。

 昨日は事故のせいで大変だったわ……かっこいい人に会えたし、面接も良かったからいいけれど。

 次の日は、彼は早めに出るように言われていた。会議で使う重要資料のまとめと、その会議の段取りを決めるためである。

 次の日は、彼女は早めに出ていた。次の試験を受けるために、今度は遅れないようにしたのである。

 ん?……あそこにいるのは昨日の美人さんだ……へー、偶然だなぁ。昨日と時間違うのに。

 あれ?……あの人……昨日の人だ、すっごい偶然…………普段はこの時間なんだ……

 就職活動かな……封筒かかえて大変だ……。俺もあんな時があったんだなぁ……。

 高そうな服……エリートなんだろうな。私もああいう風になりたい…………。

 おっと……こっち見てる……変なやつと思われないようにしないと……。近頃はセクハラだなんだと大変だからな……。

 あ、むこう向いた。やっぱ目線あって気にしたのかな……。最近はストーカーも多いみたいだし、それはそうよね……。

 あーあ……って、がっかりしてどうするオレ。

 ま、そういうもんよね……。

 それから三日間、ずっとこんな感じだった。しかし……

 ある日、彼は風邪をひいていた。
 油断した……ま、そんなたいしたもんじゃないしな……。

 ある日、彼女は私服を着ていた。ようは、面接等と全く関係ない日なのである。
 どこいこっかなぁ、最近遊んでなかったし……。

 マスクしてるから移すような心配は無いけど、今日は早めに切り上げよう……あれ?

 あ、あの人だ…………風邪ひいたのかしら……。

 美人さんだ……なんかここんとこよく会うなぁ……。

 こんな時期に風邪ひいて、大丈夫かな……。

 ……?心配してくれてんのかな……いやいや、それは自意識過剰というもの。……でも、このホーム今あんま人いないしな…………あ、めまいが……。

 あ!

 ん……こっちに来た……。

 「あの、大丈夫ですか?」

 「あ、はい……。」

 「そうですか……どうも……。」

 「あ、どうも……。」

 次の日、彼はホームにいなかった。

 次の日、彼女はホームにいた。
 あの人いないな……昨日、調子悪そうだったし…………そう言えば昨日初めて話したな……。
 と、突然顔を赤らめた。
 な、何で顔赤くなるんだろ…………まさか、あたし本気で……。
 彼女はため息をついた。
 ……まあ、それはともかく……今日は試験の結果が来る日だし、今はそれだけを考えてよう……。

 次の日、彼女はホームにいなかった。

 次の日、彼はホームにいた。
 昨日は辛かった……有休使えたから良かったけど……。
 と、突然辺りを見回した。
 あの美人さんいないな……そういえば、昨日何回も夢ん中出てきたな…………。
 彼はため息をついた。
 どうやらオレ、本気であの美人さんに…………。

 次の日、彼女はホームにいた。
 はあ……受かったのは良かったけど、あの後夜通し飲まされることになるとは……。おかげで昨日は一日中動けなかったわ…………あの人、大丈夫かな……あ。

 次の日、彼はホームにいた。
 はあ……結局夜通し考えてしまった……でもそれでようやく分かった・……やっぱり一度は話してみないとな……。あ、あれ……。

 あの人だ…………よし。

 美人さんだ…………よし。

                                     〈END〉


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高校の文芸部にいた頃、こつこつ書きためていた詩や小説が出てきました。これはこれで公開してみようかと。

ちなみに友人の感想は「こんな甘い展開、現実にはあり得ない」でした。そう思います。

フリーランスで活動しております。ご支援いただくことで、私の活動の幅が広がり、より良い言葉をお届けできます。よろしくお願いいたします。