「嫌われ監察官 音無一六」第6話レビュー:歪みを内包する船は
一六はボトルシップの大量の細かいパーツを、正確に一つひとつ組み立てて行く。それは正しい警察組織を作り上げることにも似ている。
けれど厘太郎には船の外側しか見えていない。その中に少しの歪みがあるだけで、動き出した船は瓦解する危険すら孕んでいるのに。
経費着服が発覚し監察官聴取を恐れて自殺したと言われる井出。彼は不正に得た金で行政から見捨てられた人々を救う正岡診療所を存続させようとしていた。同期の勝野は井出の遺志を引き継ぎ、部屋に残された現金を持ち出して診療所を守ろうとする。
理由を知り同情する厘太郎。着服した金を使おうとすることが間違っていると分かっていながら、勝野を見逃してしまう。
それどころか勝野が監察下に置かれることを避けるために、ほぼ言いがかりに近い形で一六の内部告発に踏み切る…。
厘太郎はずっと何も拠り所にできない不安を抱えている。
刑事としては副総監の息子として腫れ物のように扱われ、警務部に身を置いても監察官と行動を共にする自分に外から向けられる白い目は耐え難い。
冷たい視線に晒されながら、警務部内では同期を厳しく処分した一六のやり方に不信感が募り、監察の容赦ない裁きによって犠牲者が出ていると言う七尾や父・四堂副総監の言葉に心が揺れる。
だから弱者の味方である診療所のため、という目先の分かりやすい正義に与してしまう。
しかし、一六はこの事件が単なる井出個人による不正ではなく、裏に黒幕がいる可能性を把握していた。その上で勝野を身に危険が及ばないよう、監察下に置くことで保護しようとしたのが一六の真意だった。
一六はただ正しさの下に考慮すべきものを排除して判断を下したりしない。決して人命をないがしろになんてしない。
厘太郎は罰される側に寄り添い過ぎて、本来の目的を見失っている。一六たちの目的は罰することではなく、正しさを追求すること。
それは自分が警察組織の濁りを正せなかったことによって失われてしまった生命の重さを知っているからで、だから千住は一六に全幅の信頼を寄せているのだ。
厘太郎の告発によって特別監査室の監察対象となった一六。三花は自分のしたことの重大さを分かっているのかと厘太郎に問う。
一六の懲戒や、その責任を取って千住も更迭される可能性があるというのは表面的な出来事に過ぎない。それは警察組織の中から、千住や一六が積み重ねて来た正義そのものがが失われる可能性を意味している。
厘太郎は真実を知り、自分自身の浅はかさが招いた、取り返しがつかないかもしれない事態に深く傷付くに違いない。
けれど厳しく厘太郎に正義とは何かを突き付けた一六も、上司として厘太郎の心情に配慮し見守ろうとした千住も、厘太郎を濁った水から守り、正しく警察官としての成長に導こうとしていることを思い出して欲しい。そして前に進んで欲しいと思う。
一六のように揺るぎない正義を手に入れたら、父の雑音などもう聞こえなくなるはずだから。
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