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映画『劇場版 ねこ物件』レビュー:何かは起こるけど大して変わらない。なのにこの夏一番泣ける、非・ハリウッド系

今年の春ドラマとして話題を呼んだ「ねこ物件」が遂に劇場版として公開。
二星優斗は祖父・幸三の死をきっかけに残された2匹の猫、クロとチャーと共に“猫付きシェアハウス”を始めることに。入居条件は「猫に気に入られる事」。不動産会社の広瀬有美の手を借りながら、5人と新たな入居猫を加えた3匹の“二星ハイツ”が出来上がった。劇場版では、優斗が猫付きシェアハウスを始めた本当の理由が明らかに――。
公式サイトより

ドラマ版のラストで明かされた優斗の弟の正体もわからずじまいだし、優斗の幼少期の記憶も戻り切ってはいないし、有美とはっきりと恋仲になるわけでもない。
ドラマ時に散りばめられた伏線は次々に回収されて行くが、映画版が始まる前と終わった後で変わったことはと言えば、入居者4人が二星ハイツに戻ってきたことと、有美が一緒に暮らし始めたことくらい。
何かは起こるけど、なーんにも起きていないのと同じような結末。でも少しだけ昨日と違う今日。このスピード感が、とても「ねこ物件」らしい。

引きこもりから始まり、祖父・幸三の死をきっかけに誰かとつながる喜びを知るところまで前進した優斗だけれど、そのまま全部が上手く行くわけじゃない。せっかく始めたバイトに出ても1日で辞めてしまう(しかも2回連続で…って、ちょ、優斗!)。
一目で自分と合う・合わないを判断してしまうところや、入居者を面接する時にやる気のなさそうな態度を隠そうともしないのも、ドラマ版から何も進歩していない。でも人の性格はそんなに簡単に変わるものではない。
それは入居者たちにしても似たようなもので、修は準備不足で留学先から一時帰国、毅はオーデイションにまた落ち、丈はデビュー戦の後に黒星を喫し…と、三歩歩いて二歩下がる、水前寺清子を地で行くような成長の仕方をしている。
ファンだけがなぜか人気Youtuberとして華々しく活躍しているという意外性も含め、絵に描いたような成功物語になっていないのが人間の描き方としてリアル。そのままでいい、ゆっくり成長していけばいいという、この作品の生き物への優しい肯定感が表れているようだ。

その世界観を作り上げているのが猫なのが、この作品の影(もはや表?)の主役が猫たるゆえん。
優斗は「猫は人生の師匠」だと言う。名前を呼ばれても気が向いた時にしか振り向かない、あるがままに生きる猫を愛す優斗。猫にだけではなく人に対しても同じように接することができる懐の広さは、彼のコミュ障具合をカバーしてあり余るほど。
だから二星ハイツの面々は自分を受け入れてくれる優斗を慕っている。そして二星ハイツの面々にもそのフィロソフィーのようなものはしっかりと受け継がれていて、優斗が「二星ハイツを全国に知らしめたい」と、世界征服したい中二男子ばりに突拍子もないことを言い出しても、特に深く背景を追及することなく協力する。
本当なら理由を知りたいはずなのに、本人が言いたいと思えるまで待つことができる。曖昧さを許容して信じることができる間柄に、優斗がドラマ版から言い続けて来た「家族」という関係がしっかりと築かれていることを感じる。

直人は本当の弟ではなかった。しかし、直人が自分から弟だと気付くまで待とうとする時点で、優斗には直人を家族として迎える覚悟ができていたのだろう。
だから直人の嘘がバレた時にも、優斗が直人に向ける視線は温かい。

「猫と過ごした時間は決して無駄になりません、たとえ少し距離があったとしてもです」という優斗の言葉に救われたのは、後ろめたさを感じながら二星ハイツで過ごしてきた直人だけではない。小学生の頃、優斗に憧れて猫と交流しようとして失敗し、トラウマを抱えた有美もきっとそう。
だってあの時猫がいたから優斗と有美は再び出会って、2人の間にちょっと特別な絆が生まれたのだから。
猫は人と人を結び付けてくれる。直人は一度は二星ハイツを去るけれど、帰る場所が、「ただいま」を言える場所ができた。
うん、やっぱりこの物語の主役は猫なのかも。

繰り返しになるけれども、猫が人と人を結び付ける力はハンパない。
平たく言ってしまえば、優斗は有美の初恋の相手なのだろうけど(初めてじゃなかったら有美さんごめん)、名前も知らないその人と仕事を通して偶然再会して、しかも本人も知らない秘密を託されるってめちゃくちゃエモくないですか。うーん、ディスティニー!いや猫の力!
クロを抱き上げて有美に渡す優斗、受け取る有美、有美に抱っこされるクロの頭を撫でる優斗。で、ちょっと待ってください。優斗、クロを撫でているのに有美を見つめてるんですよ。なんだこれ…もう有美を撫でているのと同じじゃんか…(違う)。
なんかすっごいラブシーンを見せられた気がしてしまって、私には「一部屋空いてますよ」がプロポーズに聞こえてました(違う)。
はやる私の気持ちは置いておいて、2人の恋は何年も前からずっと種のように地中にあったものが、ここにきてやっと芽を出したくらい。でもこのゆるやかな前進もまた、「ねこ物件」的。

ドラマチックな展開はないからこそ、当たり前の幸せが浮き彫りになる。
「いってらっしゃい」と「いってきます」。「ただいま」と「おかえりなさい」を言える相手がいること。家族で一つのテーブルを囲んで温かいご飯を食べること。
これといった泣きポイントが作られているわけじゃないのに、二星ハイツのやわらかで心地よい温度が心にじんわりと広がって、気付いたら泣いている。ああ、私ここにいていいんだなぁと思える。
究極の癒しって、たぶんこういうことなんだろう。

さて、色々白黒ついていないまま終わったからには、否が応でも続編に期待が高まるというもの。
どうかまだまだ二星ハイツの日常、見守らせてください…!

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