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舞台『室温~夜の音楽~』感想(2):キオリかサオリか、それが問題だ

炎に包まれながら間宮が固く抱きしめる、その腕の中にいる人は果たして誰なのか。キオリか、それともサオリか。

双子のキオリとサオリはよく似ているが、たとえ容姿がそっくりだとしても、中身は違う。エアコンの温度調整を度々頼む側と頼まれる側、先に風邪を引く方と移される方には、大きな隔たりがある。自由な妹と振り回される姉、それは宿命なのだろうか。

愛されるのはなぜかいつもサオリだ。
もちろん決して羨ましいことではないのだけれど、海老沢が夜な夜な求めたのはサオリだった。サオリには風邪を引いて寝込んだ時にチェッカーズの尚之にサインをもらって来てくれて、しかも尚之のものだと嘘をついて自分でメッセージを書き加えてさえくれて、「ずっと一緒だよ」と言ってくれる彼氏がいた。そしてサオリが不在となった今だって、精神を病んだ母はキオリにサオリとして接する。
何よりキオリ自身の喪失感は大きく、サオリが愛すべき存在だったことを痛いほどに思い知らされることになる。
同じような見た目なのに、どうして自分ではなく、サオリなんだろう。

サオリが殺害されて以来、キオリはずっと極限状態に置かれれていたのではないか。サオリへの羨望は、彼女の死によって不変のものになってしまった。自分の方がサオリより愛されて、その幸せを見せつける機会は永遠に失われた(別にそうしたかったわけではないだろうけれど)。
自分にとって大事なものであったサオリを性的に搾取した父親への憎悪は、ある種の嫉妬とも相まって膨れ上がり、彼の愛飲するハーブティーに死なない程度の毒を混ぜるという消極的殺人を続ける。それと同時に、母親のために複数の男に体を売るような形で横領をそそのかす。
サオリを失った悲しみ、誰も自分を見ていないさみしさ、重ねた罪がいつか暴かれるのではないかという恐れ、複雑な感情が長い年月をかけてキオリの中に蓄積されて行く。
それが間宮の登場をきっかけに溢れ出す。キオリはキレる。刑期を終えて海老沢家に現れた間宮に、手当たり次第と言っていいほどにキレる。まるで貯まりに貯まったダムが決壊したかのように。

日記にあった、例の尚之のサインの彼氏が間宮だったとわかり、キオリは混乱は頂点に達する。
そしてキオリはすべてを自分の手で終わらせることを選んだ。それはずっとサオリになりたかった自分の解放でもある。
キオリはもう、自分がキオリなのかサオリなのかわからなくなっていたんだと思う。サオリと同じく火に焼かれる最期を選び、自分自身がサオリだと思い込むキオリ。
サオリとして死ぬことはキオリの望みでもあったけれど、キオリはキオリとして愛されたかったはずなのに、間宮の目に映るのはサオリなのである。

悲しい純愛の成就のように見えるラストシーンはひと時観る者の涙を誘う。けれど本当は何もかもが間違っていて、美しく歪んだ結末は、私たちに簡単にカタルシスを得ることを許さない。

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