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物理がわりと身近にあることを知った
私の父親も母親も理系の人で、物理や数学が好きだ、とよく言っていた。
私はといえば、「物理や数学が好き」の意味がそもそもわからなかった。
国語が好き。
本や詩を読むのが楽しい。
わかる。
英語が好き。
英語の本を読む事や、英会話が楽しい。
わかる。
歴史が好き。
過去に起きたいろんな事象を知る事が楽しい。
わかる。
数学が好き。
なんか難しい公式使って計算して正解することが楽しい……のかな?
物理が好き。
物理がどんなことするのかすら、わからない。
高校の物理で、50点満点中、8点を取ったことがある。
物理とは一生わかりあえないな、と思った瞬間だ。
それもそうなんだが、その時のクラスの平均点が7点で、思いがけず平均点以上を叩き出していた事実と、物理の先生がその平均点にガックリ肩を落としていた姿を今でも覚えている。
父親に、「物理の何がわからないんだ?」と不思議そうに尋ねられたことがある。
私は、ちょっと考えて、こたつの上のみかんを手で放りながら、
「たとえば、ボールを上に投げて、3秒後の速度を求めなさい、とかいう問題あるじゃん? 私が想像すると、ボールを投げて3秒後に写真のシャッター切る、みたいなイメージだから、3秒後のボールの速度はゼロなわけよ。なのに、速度求めよ、って言われてもさあ、ってこと」
自信満々でそう説明する私を見て、静かに父は言った。
「ああ、そういう考えかたをする奴に、物理は無理だな」
秒で諦められてしまった。
その表情は、平均点7点の時の物理の先生と同じものだった。
*
「ねえ、物理クラブの会合が今週末あるんだけど、参加者が少ないんだって。あんた行く?」
娘が息子に聞いている。
「ああ、でもこれ、12年生用だから難しいかもしれない。量子物理学?……についてらしいよ」
「ああ、それなら興味あるから行く」
「了解。参加ってことで言っとく」
息子が異星人にしか思えない。
娘は学術的に興味のある分野はない。
本を読むのが好きでもないし、科学的なことにも興味はない。でも、学校の科目として勉強をすることは特に苦痛でもない様子で、自分の成績のポイントを高くすることをゲーム感覚でやってきた感じがする。
一方、息子は、学校の成績にはまったく興味がなく、自分の好きな分野の動画や、本をずーーーーーーーっと見たり、読んだりしている。
以前、何のクラスだったか忘れたけど、「毎週、自分で不思議に思うことをひとつピックアップして、その答えを見つける」という宿題が出た時があった。
息子のテーマは、「窒素」「バミューダトライアングル」「宇宙の始まり」など、理系寄りのテーマばっかり。
「グーグル!」
私のかけられるアドバイスはそれだけだった。
しかし、息子が何をトピックにするかは、わりと興味を持っていた。
ある日、「どうやってグーグルで調べればいいのかわからないから、助けてくれ」とヘルプが入った。
「だから、おかあ、理系はからっきしダメなんだって。ヘルプできないって。ちなみにテーマは何にしたの?」
「あのさ、ブランコする時、足で漕ぐじゃん。なんで足で漕ぐとブランコが高く上がるのかっていう事、前から不思議だったんだよね」
......考えたこともなかった。
ブランコなんて、座って漕いで、どこまで遠くに飛べるかとか、
立ち漕ぎでどこまで高く行けるか、とかしか考えたことがなかった。
「えっーと、ブランコ、足、なぜ? とかで検索したら?」
すると、なんか、足のエクササイズとか、ダンスとかが出てきてしまう。
そして、私は閃いた。
「ブランコ、足、物理」
ビンゴだった。
そうか、ブランコと物理、関係してたのか。
そして、息子は「なぜブランコが人力で揺れるか」の解説の動画を見つけたようで、すでに熱心に見入っていた。
物理、案外、身近にあるんじゃん。
なんか、ちょっと、物理が好き、の意味がわかった気がした。
私が本屋や、電車の中吊りで見た見出しで、おもしろそうな本だから買ってみようかな、と思う感覚と同じで、息子の興味の範囲が、まるきり違うベクトルに向いているだけのようだ。
本当に息子は、昔から興味の範囲が狭くて、深かった。
ポケモン、恐竜、宇宙、というか、科学全般。
まだ、息子がベビーカーに乗っているような頃、おもちゃ売り場で、恐竜のフィギュアで戦いごっこをしている男の子たちを苦々しい眼差しで見ているのに気がついた。
「どした?」
「......あの恐竜と、あの恐竜は同じ時代には生きていなかったんだ。だから、戦ったりもできない。間違ってる」
いや、いや、いや。
誰もそんな観点で恐竜ごっこしてないから、放っといてあげて。
「いいんだよ。あの子たちは、あんたとはまた別の遊び方をしてるだけだから」
そう言って、ベビーカーの向きを強引に変えて、恐竜たちの戦いを息子の視界から消した。
でも、この間、元旦那んとこのチビちゃんが、息子の恐竜コレクションで激しめに戦いごっこしてても、息子は何も言わずに温かい眼差しで見てるのを見て、成長を感じた母だった。
〜終わり