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BMWのオープンカーを乗り回していた祖父について

2020.10.10に書いていた日記(?)を記録しておくもの

私の祖父はめちゃくちゃかっこいい。
髪は黒黒としていて、お気に入りは黒のレザージャケット。
70を過ぎても体型はシュッとしてて、日々の筋トレも欠かさない。幼い頃は腕立て伏せをする祖父の背中によく乗っていた。「ちょうどいいくらいやわ!」と祖父は汗を流していた。一緒に買い物へ行くと、店員さんには必ず親子だと勘違いされた。
自慢の祖父だ。

祖父の愛車はBMWだった。
めちゃくちゃかっこいい。真っ黒な車体は、もちろんいつもピカピカに磨かれている。左ハンドルで、オープンカー。
思春期の私はちょっと気恥ずかしくて「町中でオープンカーしやんといて」とよくお願いしたものだ。すると祖父は黒いサングラスの下でニヤっと笑う。「なんでやねん。かっこいいから見せびらかしたいやろ」そう言いつつも、孫のお願いを聞いてくれる。
町を抜けて高速を走るときは、いつも100km/hオーバー。Gを感じたこともある。
車と、車を走らせることが何よりも好きな、かっこいい祖父だ。

祖父は町工場の社長でもある。
大阪の下町で、ずっと現役だった。大好きな車を、無骨な指で器用に修理する。手はゴツゴツしていて、爪が生えてこなくなった指も見せてくれた。「仕事でな」ちょっと誇らしげにそう笑う。
そんな祖父の家は、バーナーの燃える音や、ガソリンの匂いがする。ひょっとすると他の人は苦手な匂いかもしれないけれど、私にとってはすっかり祖父の匂いで、大好きだ。
あと、祖父が毎朝飲むブラックコーヒーには、少し憧れていた。私はまだ飲めない。


「車な、処分しよう思うねん」

祖父の大好きなBMW。いつもピカピカだった車は、最近、ずっと銀色のシートに覆われていた。そのシートにも埃が積もっていて、見るたび寂しくなっていた。

祖父は、運転することができなくなった。

正確には、運転して出かけても、帰り道がわからない。家の場所がわからない。車間距離もあいまいで、ちょっと、かなり危なっかしい。だからずいぶん運転していなかった。
車が、車を走らせることが、何より大好きだったのに。

生涯ずっと続けていた町工場の仕事からは、ひっそりと引退していた。
最初は作業着に着替えて、仕事場に顔を出していたけれど、それもめっきりなくなった。仕事着姿を最後に見たのは何年前だろう。
最近は朝のコーヒーも飲まず、休日の車磨きもせず、家でぼんやりテレビを見ているばかりだ。黒く染めていた髪は真っ白で、少しおなかがぽちゃっと出てきている。

私はそんな祖父も大好きだ。
ずっとヤクザみたいな風体だったから、「おじいちゃんみたいなったな」と茶化せるようになった。「おじいちゃんやからな」と笑う顔は昔と変わらない。

それに何より、自分で車を手放す決断をできたことがかっこいい。すごいと思う。
祖母からその報告を聞いたとき、「めっちゃかっこええな」と泣きながら答えた。「せやろ」と祖母が電話の向こうで笑う。
「でもな、寂しくなるわ」「ほんまにな」
あの黒のピカピカのBMWがなくなってしまう。馬鹿みたいにスピードを出して、引き気味の孫たちを横目に孫よりもずっと子供みたいにケタケタ笑っう、大好きな祖父の姿が蘇った。

最後に一枚、祖父とBMWの写真を撮ると決めている。そうして空っぽになった車庫と、私と祖父の思い出を、なんとかして繋ぎ止めたい。

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