出版社ナナルイは2024年6月29日で設立2周年を迎えます
図書館では、派遣社員として1日7.5時間の週3日働き、残りの4日間は出版社の仕事。そんな生活を続けています。
2022年立ち上げた出版社ナナルイはおかげさまで、6月に2周年を迎えます。
派遣社員のわたしと、会社員の夫と、それぞれの勤め先に起業することを相談しました。全く問題がないのはわたしの方だったので、わたしが代表になりました。
ひとり出版社を立ち上げる人は、やはり、出版社で編集をしていたという方が多いです。
出版経験もない二人がなぜ出版社を立ち上げたのか?ということを書いてみたいと思います。
出版社ナナルイの社名は、図書館の分類法から考えました。
日本十進分類法(NDC)に基づいて、図書に数字が割り振られています。0類から9類まであり、この数字の順に並べていくと似たようなテーマの本が近い場所に並ぶことになります。
7類は芸術の分野の本が並んでいます。
7類=ナナルイ。生活の中の「芸術」をテーマにした本を発行したいと思って、ナナルイと名付けました。
ナナルイにとって図書館との関わりで、もうひとつ重要なこととして、作家の藍銅ツバメさんのお話をしたいと思います。
わたしが勤めていた図書館に、6年ほど前、藍銅ツバメさんが入社してきました。もちろん、まだ作家さんではありませんでした。娘と言っていいほどの歳の差です。徐々にぽつりぽつりと話をするようになっていきました。
その後、藍銅さんと同じ年のFさんが入社してきました。俳句をやるというFさんは、独特のセンスを持ち、年の差も関係なく話しができて、とにかくふしぎなひとでした。巫女的な存在とでも言えばいいのか、Fさんがいることで藍銅さんが自分のことを話してくるようになりました。ある日のこと、藍銅さんが、わたしとFさんだけに、実は小説を書いている、ということを打ち明けてくれました。
読ませてくれた小説が凄くて、そのあとも新作を読ませてもらいました。公募にもチャレンジしていました。そこで
「作家になりたいならゲンロン主催のSF創作講座に行った方がいい」と勧めました。そこからはあれよあれよという間に作家になってしまった藍銅さん。
ところで、わたしはなぜこのSF創作講座を勧めたかという話しもします。
夫がゲンロン主催の新芸術校に通っていて、その同期の一人が、うちにご飯を食べにきたりするようになって、制作について語り合ったりしました。名前は弓指寛治さん。彼もまたあれよあれよという間に画家になり、最近では国立西洋美術館の企画展の作品も素晴らしく、話題になりました。
弓指さんは、こうする!と決めたことをひたすらやり抜く人で、スクールで課題をこなすごとに、画家の道にまっすぐ向かって進んでいるなあと思って見ていました。
そんな弓指さんの姿を見ていたので、藍銅さんに、プロになりたいならゲンロンだよ!と勧めてしまったのです。1年間、ほぼ1ヶ月に1本の小説を書き続ける課題があるのですが、藍銅さんならやり切るだろうな、と思ってのことです。
すると、藍銅さんは、本当にスクールに申し込んで、図書館で働きながら、毎月30000字近い文字数の小説を書き続けました。
スクールでも評価され、その後は「日本ファンタジーノベル大賞を獲る」と宣言して、本当に大賞をとってしまったのです。
藍銅さんに影響をされて、本に関わる仕事をしたくなりました。作家になればいいのに、と思うひとがまわりにいて、
「どうせなら自分たちで出版社を立ち上げて、作りたい本を自分でつくろうかな」
と思いつきで弓指さんや藍銅さんに話していました。
ある日、うちで食事会を開いたとき、そこには弓指さんと藍銅さんもいて、弓指さんからいきなり言われました。
「で、鈴木さん、出版社を立ち上げるんですよね」
「う、うん」
「そしたら藍銅さん、作家デビューするんだから、いつか鈴木さんたちの出版社から本を出してあげたらええやん」
「う、うん」
弓指さんに話したら、弓指さんからはこう言われることはわかっていました。いままでも、会社員をしながら現代アートの制作だけは続けていた夫が、弓指さんに、
「アトリエを借りようかな」
と話せば、次に会うと
「アトリエは借りたんですか?」
と聞いてくる人で、やると決意した人が何も始めないと、真っ直ぐに、なんではじめないの?と思う人なのです。
人に勧めること。
人に勧められること。
何かをはじめるとき、やはり、これは重要な要素かもしれません。
ナナルイを立ち上げで2周年。
いきなりはじめた出版社という仕事は、わけもわからないことだらけで、毎日が流されている感覚で余裕も全くありませんでした。
余裕ができたわけではありませんが、この2年を振り返ってみました。
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