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一緒に空を掴む夢を見ようか

無理、絶対出来っこない。

お父さんから教えられたギターは、ぼくに向いてなかった。本来は重いし、弾く弦は痛いし、何より音がはちゃめちゃな色をしている。ぼくはいわゆる共感覚というものを持っていて、音や文字が色付いて見える。お父さんの弾くギターの音色は統一されたデザインの質感と色をしているのに、ぼくが弾くギターの音色は手当たり次第に選んだ絵の具を混ぜた色みたいだった。ぼくには向いてない、そう思うことに時間はかからなかった。

ぼくが好きなのは算数と図工だった。算数は問題が解けるのが楽しくて、塾にも行っている。塾では難しい問題がたくさん用意されていて、ぼくが解けると塾の先生やお母さんは褒めてくれる。お父さんは音楽以外に興味がない。図工は思い通りに作品が出来上がるのが嬉しくて、絵画コンテストや工作コンクールで大賞をとると学校の先生やお母さんは褒めてくれる。お父さんは音楽以外に興味がない。お父さんはいつも防音がされた部屋に引きこもって、ギターやベースやドラム、キーボードを触ってパソコンに何かを打ち込んでいる。一晩中、微かに楽器の音が聞こえることもある。お父さんはずっといつだって音楽だけで生きていた。

だからこそ、ぼくは音楽が得意じゃないのかもしれない。ギターを扱うのは下手だし、歌だって音痴ではないけど上手ではない、学校で習うリコーダーや鍵盤ハーモニカを演奏するのが精一杯だ。お父さんが振り向いてくれるのは音楽に関係することだって分かってるのに、音楽に興味がないし音楽の賞を取ったことがない。何でだろう。これが反抗期ってやつ?

そんなぼくには憧れている人がいる。3年上の近所の女の子だ。保育園の頃から一緒に遊んでくれる幼馴染で、ぼくのお父さんにギターを習っている。家に来るときはいつもヒラヒラとしたスカートと白いブラウスという彩度が薄めの服を着ているのに、奏でる音色は力強く、思いの外に彩度が濃い。お父さんは彼女の才能に惚れ込んでいて、他にも教えている子どもたちを集めてキッズバンドを作ろうとしていた。そこにぼくの名前はない。だってぼくは、出来ないから。

ギターケースを抱えた彼女がぼくの家を出るタイミングで、僕は塾のカバンを背負って玄関まで走っていった。何か一言でも喋ろうと思ったが、何も出てこなかった。黙り込むぼくを見かねたと思わしき彼女は、ぼくの頭を撫でて「一緒にバンド、出来たらいいね」と笑った。ぼくは首を振った。一緒に玄関の扉を開け、駅までの道のりを彼女と歩いた。何故か分からないけど、ぼくは彼女に自分がギターに向いていないこと、お父さんは音楽以外に興味がないことをポツポツと呟いた。すると彼女ははたと立ち止まり、僕の方を向いた。

「絶対、出来る」

彼女はそれはどこから出てくるのかというくらいの自信でぼくに力強く言った。ぼくは少し怯んで、それから言い返した。何度も練習しても指は思うように動かないし、お父さんや他の人みたいな綺麗な色の音は出ない。ぼくは俯き、涙がこぼれそうになった。本当は声を出して泣きたいくらいだ。悔しくて仕方ないけど、彼女の前だから絶対に泣かなかった。

「ドラムは?」
「ギターとかベースとか重いけど、ドラムは据え置きだしそれに、」

この前に図工の作品を見た時、ドラムだったら向いているだろうなって思ったよ、と彼女は事もなさげに言った。彼女が見たのはきっと、学校で張り出された僕の工作コンクールの作品だったと思う。たしかに手先は器用だ、だけどそれがドラムに繋がるのかは分からなかった。彼女はドラムの良さを熱弁し、そう言われてみれば確かにぼくはドラムに触ったことがなく、ドラムの音色はぼくに向いている気がした。光の波長が合っているような、そんな感覚だった。今までどうして気づかなかったのだろう。

「やろうよ、やっぱり一緒に、バンド」

ぼくは塾から帰ったその日、部屋に引きこもっていたお父さんに声をかけた。何というべきか迷ったが、突然入ってきた僕に目を丸くしたお父さんに向かって、僕は震える声で言葉を発した。

「ねえ、ぼく、ドラムやってみたいんだけど」

お父さんの目が、輝いた気がした。

一緒に空を掴む夢を見ようか

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