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支配する側・される側?『NOPE』

全くもって映画通とかではないので、どの監督はどういう映画を撮るとか何もわからない。そもそも知ってる映画監督が片手で数えられるくらいしかいない。

そんな私でも"ジョーダンピール最新作"と聞けば見たくなる。

『ゲットアウト』も『US』も超面白かった。特に前者は社会風刺やホラー要素があり、でも痛快だったりもして最高だった。

ということでやっと『NOPE』を見たわけだが、SF>>>ホラーといった印象。

もちろん緊迫感のある怖いシーンはあったが、"ジージャン"の正体が地球外生命体であることが分かってからは、だいぶSFチックだなと感じた。

要は人を食べちゃうクソデカ地球外生命体をどうやって倒そう(撮影しよう)というお話。

個人的には"気味の悪さ"みたいな怖さの方がゾクゾクして好きなのである。そういった要素を期待しているともしかしたら、やや物足りないかも。

逆にその"気味の悪さ"で言えば、猿のゴーディの事件の部分は最高にハマる。

めちゃくちゃ怖かったし、あの経験がジューブが最終的に喰われる結末の原因に繋がるのはさすがに構成があっぱれである(ジューブは奇跡的に襲われなかった→自分が選ばれたと誤解する→過信に繋がってジージャンをコントロールできると思う→まんまと喰われる)。

浅はかな感想で申し訳ないが、そういういわゆる伏線というか繋がりの部分が見れるとワクワクする。

ティザーで出ていた化け物のような顔をしたあの女はそういうことだったのね…みたいなのもそう。

余談だがゴーディの事件は実際にあったらしい。恐ろしいね。


NOPEのティザーはめちゃくちゃ「ようわからんけど見たい!」感がすごかった。ああいうの大好き。

前々作『ゲットアウト』然り、本監督の映画は衝撃的な内容に強いメッセージ性が絡んでいるとよく言われている。

本作でも色々考察を読んで、うまく説明はできないが「支配する側とされる側」というテーマが腑に落ちた。

ゴーディ―を見世物にするTV ⇔ 見世物にされたゴーディ。

ジージャンを見世物にしたいメディアやジュープ・バイク乗り ⇔ 見世物にされたジージャン。

馬をコマーシャルの道具にしたテレビマン ⇔ 馬を決して見世物としては扱わなかったOJ。

平易に説明すれば、見世物にしようとした側は残念な結末にしかなっていない。だから支配的な態度はやめよう、みたいな?

『ゲットアウト』でもあった人種差別的要素を見出すとしたら、"アジア人の子ども"であるジュープも、本来は見世物側だった。ともとれる。

なんにせよ読んだ後に考察を読んでメッセージ性に納得できる映画は楽しい。NOPEもまさにそんな感じだった。

ところで、この物語では一貫して「目を合わせてはいけない」というテーマがある。

見た後しばらくは動物と目を合わせるとNOPEが想起され、若干背筋が震えた。

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