さよなら初恋(暁と美宵子)

「もういい。やめる。」

幼馴染が言った。やめる?なにを。俺は彼女の言葉の意味がわからなかった。本当は今話している内容から想像はついていたのだが、脳がそれを処理することを拒否していた。夕焼けの教室に二人、外から野球部の声が聞こえてくる。窓が全開になっていて、軽い風がカーテンを躍らせる。

「なに言ってんの…」

思ったよりも声は震えなかったが、言葉尻は情けなく消えた。

「好きなのやめる。いいんだもん。だってきっと先輩は、私のことなんて知らないもん」

彼女は拗ねたように言う。やめる?やめるってなんだ。好きって気持ちって、自分の意思でやめられるもんなの?俺は完全に不意を突かれていて、彼女の告白を悲しめばいいのか喜べばいいのか、わからなかった。

好きな人が出来たの、と小さな声で俺に報告してきた美宵子。初恋なの、と、はしゃいでいた。それと同時に、俺の長い長い初恋が終わったとも知らずに。

頭の中でぐるぐるぐるぐる考えて、俺はだんだん腹が立ってきている自分に気づいていた。俺は美宵子が幸せならって、笑ってるならって、今まで彼女の初恋を応援してきたんだ。実際、先輩に恋してから、俺が見たことのない笑顔を浮かべる美宵子を何度も見てきた。何年も隣にいたのに、それは俺じゃ引き出せない笑顔なんだという事実に打ちのめされながら。だから美宵子の幸せだけを願って、応援して応援して…それがなんだ?やめる?


好きなのやめるってどういうこと?


ばん!と机を叩いて立ちあがった俺に、美宵子はあからさまに驚いていた。

「あ、暁?」

大きな瞳をまんまるくして、美宵子が俺を見上げた。不自然なほどに長いまつげが揺れる。本当は、俺の知っている美宵子はもう居ない。「先輩のために可愛くなりたい」なんて言って、別物になってしまった。母親譲りの整った顔立ちも、サラサラの黒髪も、素直な指先も、どこかへ消えてしまった。美宵子が可愛くなろうと努力すればするほど、他の男が美宵子を見る目も変わっていった。美宵子自身が先輩以外に興味がなかったから問題は無かったけど、美宵子がするすると俺のものじゃなくなっていくのをずっと感じていた。皮肉なことに、頑張りすぎた偽物の美宵子はどこにでもいる今時の子になってしまって、先輩のために可愛くなろうとして、むしろ大多数に埋もれてしまった。このことも、俺は喜べばいいのか悲しめばいいのか、わからなかった。俺はその、必要以上に目を大きく見せるようなメイクも、何をするにも邪魔そうなネイルも嫌い。先輩のために可愛くなった美宵子は、

「…大っ嫌いだ」

美宵子が目を見開く。瞳が零れそうだ。

「あき…」

俺はなんで今までこんな苦しい想いをして、変わっていく美宵子を応援し続けたんだ?


「やめられるような軽い思いなら、人を巻き込むなよ」


言ってしまってから、はっとして口を押さえた。が、もう取り戻せない。美宵子は目を見開いたまま、俺の前で立ち尽くしている。巻き込まれたなんて被害妄想だ。彼女のちょっとした報告を、聞いていただけじゃないか。

みよ…と、名前を呼ぼうとして、でも、俺の中のちっさいちっさいプライドが、さっきの言葉を撤回するのを拒否していた。だって本音なんだ。嘘なんてついてない。俺は美宵子の目を見ていられなくなって、剥がすように視線を逸らした。沈黙が痛い。重い。

いいじゃないか。俺の中で誰かがささやく。やめるって言ってるんだから。やめさせてしまえば。また、俺の美宵子に戻るかもしれないんだから。そんな思いを振り払うように、俺は言った。美宵子が先輩のものになったら、なんとかして握りつぶそうとしていた想いだった。好きな想いをやめられるなんて、俺は知らなかった。



「……すきだ」



絞り出した俺の言葉は矛盾だらけで、

美宵子がどんな顔をしているのかすら、わからない。


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ふたりの名前は「暁(あき)」と「美宵子(みよこ)」。
こんな感じの短編小説を書いていきたいと思っています。
お気に召したらぜひ、お付き合いいただけると嬉しいです。

(2017.4.18)

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