個人タクシー

もうすぐ日付が変わる新宿駅西口の喫煙所。吐き出す煙と共に空に向かって見上げると京王百貨店の王冠マークの上に星があった。今夜はいい夜になりそうだ。そんな気持ちでアークロイヤルスィートの煙を燻らす23時過ぎ。ふと、横を見るとタクシーがきれいに並んでいた。新宿から次の街へ向かう人々を静かに待っていた。その中に個人タクシーがあった。ちょっと前の出来事を思い出した。とても素敵な個人タクシーだったので、忘備録に残しておこう。
去年の年末、大学の友達に誘われて八丁堀で飲んだ。わたしは新潟での出張帰り。新潟で飲んで、新幹線で飲んで、これ以上飲むと限界越えるよ。否、超えようぜ的なテンションで八丁堀で飲んだ。案の定、潰れてはいないが、もう電車に乗るのなんて面倒やねんみたいな感じになってしまった。でもまぁしょうがない、日比谷線に乗るか、という絶妙なタイミングで飲みに誘ってきた張本人が同じ方向だからタクシーで帰ろうと誘ってきた。お前はいつも絶妙なタイミングでわたしの欲を突いてくるなあ。そんな感じでタクシーで帰ることになった。
八丁堀の駅前でタクシーを拾った。個人タクシーだった。乗り込んだ。運転手はおじさん。でも、今までのタクシーで見たことないような運転手だった。ハットを被ってた。黒いハット。ロカビリーとか歌い出しそうな雰囲気だ。黒いハットの運転手と友人と、東京ドライブがはじまった。
まず、大手町方面に向かう。人通りがない。運転手は明るい洋楽をかけた。どうやらBGMはラジオではなく運転手のチョイスのようだ。霞ヶ関、桜田門あたり。某省庁に出向してる友人は少し重たい感じで日々の業務の愚痴を言った。BGMはポップスからジャズに変わった。内容はどうあれ、語り合う男女と夜の東京。運転手は完全に空気感でBGMを選んでいるようだ。タクシーDJか。ムーディーでダウナーなジャズを聴きながら、もう人のいない都心を抜けていくのは、とてもとてもわたしのなかで最高なマンションポエムが生まれそうなくらいのアーバンな感じだった。一緒に同乗しているのが、彼氏だったり旦那だったらもたれかかっていただろう。実に惜しい。
友人があまりにも愚痴を言うので、わたしも少し喝を入れた。BGMがロックに変わった。やっぱりタクシーDJだ。友人を励ましながら、運転手もBGMで応援しながらタクシーは新宿方面に向かった。
東新宿駅の明治通りの交差点、ここで友人は降りた。わたしはあと少し乗っていく。新宿税務署に向かってタクシーは走り出した。BGMは再びジャズに変わった。窓から見る景色が全てスローモーションに見える雰囲気。ほんの数分だけど、ほっとしてた。映画だったらこの後自殺するだろう。そんな人生最後のラグジュアリー感がタクシーの車内にあった。
そんなこんなで家に着いた。タクシーを降りて去っていくときに見たナンバープレートが足立ナンバーだったのが少しうれしかった。江戸っ子の粋だったのかな、ナイスDJでした。また、いつか東京のどこかでお会いしたいタクシーだ。
そんな1ヶ月前のことを思い出して、ニヤついた。やっぱり今夜はいい夜だ。また会えるといいな。火を消して、家路に着いた。そんな新宿の土曜日の夜。

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