夏の雨、真夜中の東中野

わたしは3年前から去年まで東中野に住んでいた。はじめて一人暮らししたまち。家の最寄り駅は都営大江戸線・中井駅だったが、「どこに住んでいるの」と聞かれた時に「中井です」って答えても、え?どこ?みたいな反応が多いので、それ以来、東中野に住んでいると言うことにしていた。実際、家から徒歩15分で東中野駅に着くので、東中野に住んでいると言える許容範囲ではあると思う。

東中野は縁もゆかりもない、知り合いもいないまちだった。だから友達をつくりたいなと思って、金曜日になるといつも東中野ではしご酒をして飲み歩いていた。いろんな飲み屋に行って、その場に居合わせた人たちと楽しく飲んで帰るという日々だった。そんな中、唯一、連絡先を交換した人がいた。その場で出会って別れるような飲み歩きではなく、来週はどこで飲みましょうかと約束ができるはじめての人だった。そんな感じで、東中野や中野でたまに一緒に飲んでいた。

その人は、葉巻を嗜んで、お酒に詳しくて、ダーツがうまい人だった。わたしの知らない世界を知っている人だった。だからもっと知らない世界を見たくなってしまう。今になって思えば、都合よく扱われていたんだろうとわかるけど、そのときはついていきたくて必死だった。振り回されても振り回されても。。

2年前の8月のお盆前。わたしの誕生日が近かったので、今度の週末にどこか行こうかという話になった。わたしはとてもうれしかった。うれしすぎて前日に会社の近くのよく行く居酒屋で朝まで飲んでた。―その時、隣りに座っていた人との出会いがきっかけで、後に東中野を離れ今住んでいるところに引っ越すのだが、その話はまた今度。飲みまくって浮かれていたが、それは不安をかき消したかったのかもしれない。詳細連絡が来ないのだ。週末って明日だよね、どうすればいいの?LINEを送っても既読にならなかった。

次の日、というか約束の当日も連絡来ず。既読にならず。わたしはずーっと家で待っていた。何か事故でもあったのかもしれないと思い、でもなんとも言えない気分だったので、中野で朝まで飲んだ。その時はロングアイランドアイスティーというカクテルを飲んだ。強い酒を飲みやすくしていて、美味しいけどかなり危険なカクテルだ。でも全然酔えなかった。ロングバケーションみたいな名前のカクテルだなと思ったら、これも神様がくれた人生の長い休みなのかもしれないと思えた。今になってみるとよくわからないが。

誕生日をとっくに過ぎ、季節が変わった頃、連絡が来て、会った。事故ではないけど、いろいろと大変だったとのこと。その理由が本当だったとしても、嘘に感じてしまう自分に気付いて、結局その程度の関係性しか築けなかったのだろうと思った。そして、東中野であまり飲まなくなったし、その人とも距離をとった。

それから2年が経ち、先日久しぶりに中井で飲んだ。その帰り道、まだ飲み足りなくて、夜の山手通りが懐かしくて、東中野の人に連絡をしてしまった。そこから、今度飲もうよという流れになった。

飲みの当日、詳細連絡がまだ来ない。とりあえず東中野で飲みながら連絡を待つことにした。飲みながら、なんで誘いを受けたのか少しだけ考えた。たぶん変わった自分を見て欲しかったんだろうな。今は別の場所に住んで、しあわせに暮らしている、あなたと違いわたしを愛してくれてる、大切にしてくれる人たちと、日々生きているんだと。そういう自分の姿を見せつけて復讐したかったのだろう。そんな気持ちでいたのが伝わっていたのかわからないけど、日付が変わる頃になっても連絡は来なかった。これでいいのだと、良かったのだと思う反面、少しだけ悲しかったのをお天道様は見逃さなかった。閉店時間になった居酒屋を出ると、友達と一緒にいて泣けないわたしの代わりに泣いてくれているかのような、大粒の強い雨が降っていた。このまま雨に打たれて帰りたかった。

だが、とてもじゃないけど傘なしでは帰れそうもないので、雨宿りがてらもう1軒はしごして飲んだ。同じような夏の日に同じようなことを繰り返すなんて、なんて器用な人なのだろう。少しだけ可笑しく感じた。これはこれで良いのかもしれない。

2軒目も閉店時間になり、店を出た。雨は止んでた。雨上がり、霧がかった山手通り。家の方向に進みつつもふと東中野方面を振り返る。霧雨で街灯の灯りがぼんやりとしているだけで、よく見えなかったが、きれいだった。これが良いのかもしれない。



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