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SS『バレンタインデー後日談』

※収載書籍『2000年のゲーム・キッズ(上)』→クリック
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「『ゲーム・キッズ』はいっつもくらーい話ばっかりなので、たまにはとびきり楽しい話をして下さい」
 ......北海道の氷室初子さんからのおたよりでした。うん、じゃあ、今回はさわやかな話にチャレンジしてみるね。
 みんな元気? 恋してますか、青春してますかー!? そういえば、こないだのバレンタインデーはどうだった? あ、僕のところにもチョコレートをくれたみんな、サンキュー! 名古屋のらっぴーアイスさんは、僕の似顔絵のチョコ、わざわざ手作りしてくれてありがとう。おかげでバレンタインデーにまつわる面白い話をひとつ、思い出しました。そうだ、その話をすることにしようかな。
 この話、まだそんなに昔のことじゃないから、登場するふたりの本名は言えないんだけど、男の子はシンペー、女の子はサッチンと呼ばれてた。ある年のバレンタインデーに、サッチンは思いきってシンペーにチョコレートをプレゼントしたんだ。キューピーみたいな赤ちゃんの形をした、それはかわいらしいチョコだった。その顔はシンペーにそっくりに作ってあって、カードには「あなたにそっくりでしょう!?」って書いてあった。そして1カ月後、シンペーから「ボクはあんなに色黒じゃないけど、君はこのチョコくらい色白だよね」って手紙がついたホワイト・チョコレートが送られてきた。ふたりはそうして桜の花が乱れ咲く春につきあいはじめた。その恋は夏には花火のように燃え上がっていた。
 でもねえ、秋になってアクシデントが起きた。サッチンが言った。
「もしかしたら、妊娠しちゃったかも......」
 そう愛の結晶が、ベイビーができちゃったんだね。
 それは、チョコ製のベイビーとはわけが違った。ふたりは甘い世界から、急に現実に引き戻されてしまったんだ。サッチンは、「産みたい」と言い出した。「だから、結婚しようよ」って。でもそれを聞いてシンペーは真っ青になった。シンペーはまだ若かった。
 女の子たち、このことは知っておいた方がいい。若い男の子って、ときどき、すごーく残酷になれるんだ。
「産むなんて......冗談じゃないよ」
 と、シンペーは言った。
「ひどいわ、私、堕ろすなんてイヤ」
 と、サッチン。
 シンペーはだんだんうざったくなってきたんだね。彼の言葉はどんどん冷たくなっていった。
「ふざけるなよ、産めるわけないじゃないか」
「結婚なんかまっぴらだよ。俺、まだハタチなんだぜ」
「もう、いいかげんにしてくれよ。だから遊びだったって言ってるだろう!」
「しつこいんだよ、めそめそすんなよ、俺だけのせいじゃないよ。おまえだって楽しんでたじゃないか」
「おまえの顔なんかもう見たくない。俺のことは忘れてくれ。二度と会わないからな!」
 ......ってな具合さ。
 まあ、そんなわけで風がずいぶん冷たくなりはじめた頃、サッチンは肩を落としながらたったひとりで、病院の門をくぐったんだ。
 さて、話はこれでおしまいじゃない。季節はめぐり、2月。バレンタインデーがまた、やってきた。その日、シンペーはびっくりした。もう何カ月も会っていないサッチンから、今年もプレゼントの包みが送られてきたんだから。それには、去年と同じカードがついていた。
「あなたにそっくりでしょう!?」ってね。
 その翌年のバレンタインデーにも、シンペーは同じプレゼントを受け取った。
「あなたにそっくりでしょう!?」
 さらに、そのまたつぎの年にも。
「あなたにそっくりでしょう!?」
 サッチンからのプレゼントは、永遠に続くように思われた。
 どういうことかって?
 じゃ、病院に行ってからの彼女の行動を、説明するね。彼女が行ったのは普通の産婦人科なんかじゃなかった。そこは、最先端の遺伝子センターだったんだ。つまり彼女は堕ろしたんじゃなくて、受精卵を生きたまま胎内から取り出してもらったんだよ。そしてそれを8つの細胞に分割して、冷凍保存してもらったんだ。最近はこの方法で、女性は1回受精すれば、8回妊娠できるようになっているんだよ。
 要するにサッチンは子供をお腹のなかから取り出して、しかもそれを8人に分けたということ。それから彼女はそのなかの1個だけをお腹に戻してもらった。そして数カ月後、お腹のなかでせっかく大きく育った子供を、彼女はもぐりの堕胎薬を使って、流産させてしまったんだ。
 しばらくして体が快復した頃、彼女は病院に行って、冷凍保存しておいた卵をまたひとつ、お腹に戻してもらった。ふたり目の子供だね。数カ月後、彼女はまた自分の手でその子供を流した。
 彼女はある一定のサイクルでその同じ行為を続けたんだ。妊娠しては、流産して。でも彼女は失恋で気がヘンになったわけじゃなかった。
 気がヘンになってしまったのはシンペーの方だった。
 なぜかって?
 男の子はみんな、想像してみてほしい。毎年、バレンタインデーになると昔の彼女からプレゼントが届く。開けてみるとそのなかからは......生まれるまえの、赤ちゃんの、チョコレート色に変質して腐臭を放つ死体が出てきたとしたら......そして「あなたの子供よ、あなたにそっくりでしょう!?」って手紙がついていたとしたら。翌年も、その翌年も同じものが送られ続けたとしたら......。君は、正気でいられるかな?
 シンペーの場合は3年でノイローゼになって、それからすぐにクビを吊って死んでしまった。
 あ、サッチンの方は、いまではつぎの彼氏もできて、楽しく暮らしているらしいよ。だからこの話、ハッピーエンドと言ってもいいよね。

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