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SS『生中継』

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「こんばんは、『ニュース・ゼロワン』の時間です。さて、あの大震災からちょうど一週間が経過しました。今日は『大地震で原発はどうなったのか?......その真相にずばり迫る!』と、題しまして特集をお送りします。政府にも、専門の学者たちにも、地震くらいで壊れるはずがない絶対に大丈夫、と言われていた鉄筋のビルディングや高速道路の高架が、今回の地震では数多く崩れてしまっています。では、原子力発電所はどうだったのでしょうか!? 皆さんもご存知のとおり、被災地の範囲内に、我が国で最大級の原子力発電所、X原発がありました。それに関する情報は震災以来、一切、公になっていません。もしかしたらそこで、重大な事故が起こっているのではないか? そんな不安がいま、市民のあいだに広がっています。そこで今夜はエネルギー庁・原子力発電安全評議会の会長にご出演いただいて、真実を語っていただくということになりました......会長、どうぞよろしく!」
「はいはい、よろしくお願いします」
「で、さっそくですが、本当なんでしょうか、X原発が壊れているという噂は?」
「まさか! そんなこと、反原発派が悪意で流している噓八百ですよ。困りますなあ、根も葉もない噂を助長するような報道をしてもらっては」
「しかし、もし地震の影響で原発が事故を起こしているとしたら、被害は深刻です。死の灰はこれから国じゅうに広がっていくことになります。じつは各地の市民団体がガイガーカウンターで高濃度の放射能を検知したという連絡が入っているんですよ」
「そういう事例については政府によって一つ一つ検証されています。すべて、放射性物質の規制が緩かった時代に使われていた塗料や医薬品が、放置されたり投棄されたりしていたということで解決していますよ。地震くらいでこの国の原発が壊れるわけがない、絶対に大丈夫です」
「では、原発に新聞社やテレビ局のヘリコプターが近づくことを禁止しているのはなぜですか?」
「もともと原発の周辺は飛行禁止なんですよ。この機に乗じて、報道の、つまりあなた方のヘリがやたらに近づいてくる可能性があったから改めて警告を出しただけですよ。真上に落ちて施設を損傷させたりしたらそれこそ大変でしょうが」
「............。ならば、ちゃんと安全を証明するような情報を提供していただきたいものです。そもそもこの噂は、ネットワーカーのあいだで広がりはじめました。原発をはじめ全国の危険施設にはいたるところにビデオカメラが設置されていて、ふだんは、その映像は、たえず回線に提供されているんですが......」
「ええ、危険施設は政府や関係省庁だけでなく、市民によっても見張られ続けなくてはならない、それがこの民主主義の基本理念ですからね。すべての原発が安全に稼動していることも、皆さんにいつでも、確認していただけるようになっているわけです」
「しかし現在、X原発については、そのサービスがストップしています。その映像は、ネットに提供されていません」
「それは地震の影響で回線が破損していたからなんです。しかし、そのサービスもじつはたったいま、復旧したんです。......ここに、ネットに接続した端末を準備していただいています。これを使っていま、皆さんといっしょにX原発の無事を確認させていただこうと思っているんですよ」
「なるほど、それはいいアイデアです。では、さっそくその映像を見せていただきましょう」
「はい......ほうら、これがまさにいま、この瞬間のX原発の全景です。近隣の鉄塔に設置されたカメラの映像が、ネットを経由して送られてきているんですよ。もちろんこの映像は、ネットにつながったパソコンさえあればどなたでも、どこからでも、いつでもごらんいただけるものです」
「ほう。でも暗くて、あまりよく状況がわかりませんね」
「では、原発内部のカメラの映像を見てみましょう......こうやってカメラを切り替えることができるんです。ほら、わかりますか」
「金属のパイプがスパゲッティのように渦巻いています」
「その中央に、バルブが円形に並んでいるのが見えるでしょう。その下にある、円筒状のものが原子炉です」
「なるほど」
「ね、きれいなもんでしょう? まったく無キズで、整然と、稼動を続けていますよ」
「うーん。べつの場所の原発の映像じゃないでしょうね」
「まさか。原発は地形にあわせ細かく設計しますから、この形の施設は世界でもここだけですよ」
「昔、撮影した映像じゃないでしょうねえ」
「疑り深い人ですね。じゃあ、カメラを切り替えましょう。ほら、壁の一角にデジタルの時計が見えるでしょう。日付と時刻が表示されているのが読めますか?」
「ええと、今日の日付の、時刻もぴったり、いまこの時間だ」
「こんな映像をわざわざ震災の前に、作っておけると思いますか?」
「同じような建物をべつの場所にあわてて造ったとか」
「しつこい人ですねえ。たった一週間でこんなに大きな建物を造れるはずがないじゃないですか」
「なるほど。もう一度原子炉を映したカメラに切り替えて下さい。あ、よく見ると作業員のかたがいますね。ほら、座っている人が隅のほうに小さく見えています。計器か何かをチェックされているんでしょうか。マスクと防護服に身を包んでいますからここからでは表情はわかりませんが......」
「ああやって内部で元気に働いている人を見ていただいてもはっきりわかるでしょう。この原発には何の問題も起こっていないんです」
「なるほど、どうやら信じてよさそうですね。ありがとうございました。これで私も安心です。視聴者のかたがたもきっと、ほっと胸をなでおろしていると思いま......」
 そこまでしゃべって、アナウンサーは絶句した。
 画面のなかにゴキブリが現われたのだ。それは触角を振り回しながら、原発の内部を素早く動き回り、そして作業員を踏んで歩いた。
 そのゴキブリの体長は、二メートルはあった。......もし、その作業員が本物の人間だとしたら。

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