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SS『誰かが見てるぞ!』

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「渡辺さん、もう少し派手な、明るいハナシを書いてくださいよ」
「............」
「ワクワクするような学園モノとか、いや宇宙戦争モノでもいいんすけど、どっちにしてもピチピチの美少女が出てこなきゃダメですよ。最近はそーいうのじゃなくちゃ〝熱中率〟取れないんですよ」
「熱中率?」
「そう、熱中率。熱中率を調査するようになってから、ウチの雑誌のどのページを、どれくらいの数の人間が、どれくらい熱心に読んでるか、リアルタイムでわかっちゃうんですからね。渡辺さんの連載ページ、このところあんまり暗いネタが続くんで熱中率が2パーセントも下がってるんですよ。編集長うるさいのなんのって。担当の僕の身にもなってくださいよ」
「......その、熱中率って何? 読者アンケートの集計のこと?」
「え? 渡辺さん知らないんですか?」
「う、うん」
「読者からのアンケートはがきを集計したりして記事の評判を調べてたのは、もう大昔の話ですよ。いまだにそんなかったるいことやってる出版社なんかありません。人工衛星を使った、熱中率のリサーチ・システムがありますから。え? 初耳ですか。まあこのシステムについてはマスコミで報道されることは絶対にありませんからね。でも、業界の人なら、誰でも知ってることですよ」
「............」
「じゃあ、教えてあげます。でも、このことは一般の読者には秘密ですからね。絶対、ネタにしないでくださいよ」
「はい」
「出版社だけじゃなくて、ありとあらゆるメーカーが消費者の反応や動向を調べるために最近、こぞって使ってるのがこのリサーチ・システムなんです。自社の製品を買った消費者がその後、それをどう使うか、空からのカメラでひとりひとり観察するんですよ」
「空から?」
「そう。人工衛星です。知ってますか、最近の技術衛星の、地表を監視する能力はすごいんですよ。衛星って、気象を調べたり電波の中継地点になったりする役割のものより、軍事用で打ち上げられたもののほうが、圧倒的に多いんです。つまり、高度なセンサー・カメラを搭載して、敵国の内情を空から細かく観察する。たとえばアメリカのKH-12っていう衛星は、地上にある5〜7センチメートルのものをちゃんと見分ける能力を持ってる。これを使って昔は、敵の兵器一個一個のデータを取ったり、要人の行動を逐一見張ってたらしいんです。けれども最近、世界の緊張緩和でそういうニーズがなくなってしまった。でも、せっかくものすごい費用をかけて打ち上げた衛星をほっぽっとくのはあまりにももったいない。ってわけで、このシステムの民需転換、つまり平和利用が始まった。各国が、打ち上げた監視衛星を民間の会社に使わせるようになったんです。いま、地球を取り巻く数千個の衛星で、地球上のすべての領域は、二十四時間見張られています。そして、その映像は目的に応じて、いろんな会社に提供されるんです」
「企業がそれで一般人の私生活を覗いてるってこと?」
「そう、センサーはレーザーや電波を発して、その反射データを解析してビジュアライズする。だからふつうのビルや家なら、なかまで透視できちゃうんです。はっきり言っていまは、どこにいても、何をやっていても、空から丸見えなんですよ。プライバシー侵害? いや、すでに衛星がキャッチしている映像を利用するだけですから、これは〝知る権利〟の範疇です。もうプライバシーなどこの世に存在しないんですよ」
「そ、そんな!」
「最近、いつも誰かに見られてる気がしませんか? それは気のせいじゃないんです。いろんな商品を買って自分の好き勝手に使う消費者、そしてテレビや雑誌を通じて世間のようすを一方的に覗き見している視聴者。みんな、自分だけはあくまで部外者の立場だと思い込んで、安心している。でもそれは、大間違いです。ちゃんとメーカーやメディアの側からも見張られてるんですよ」
「ど、どんなふうに」
「ウチの場合を教えてあげましょう。最近の本や雑誌はほとんど、目に見えない特殊レーザーに反応する物質を混入したインクで印刷されています。衛星から発信したレーザーの反射データを頼りに、当社のスーパーコンピューターは衛星映像のなかのウチの商品をズームアップする。つまりいま日本全国でウチの雑誌を持ってる人、読んでる人のようすを編集者は自由に覗き見できるんです。そして、ページごとにインクの反射反応諧調を変えてあります。ある特定のページを読んでいる人だけを指定して録画しておいて、順番に見ていくこともできるわけです。まあすべての読者をひとりひとり観察してデータを取るのは大変ですから、実際にはその調査はコンピューターに任せられるようになってるんですけどね。それぞれのページをどれくらいの時間読んでいるか、どういう状況でどういう姿勢でどういう表情で読んでいるか。つまりそのページに対する読者の〝熱心さ〟をコンピューターは読者ひとりひとりに対して解析して、記録するんですよ。それを集計したものがすなわち〝熱中率〟というわけで......」
「あの、じゃあ」
「なんですか」
「そのシステムを使えば、たとえば僕が、僕の文章を読んでる人、全員の姿を覗き見させてもらうこともできるんですか」
「ええ。ネットだったらもっと簡単ですよ。試しにいまちょっと、やってみますか?」
                 

君!

……おい、君のことだ。
 もっと真面目に読みたまえよ! もう。


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