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SS『密室殺人事件、ただし目撃者1万人』

※収載書籍『2999年のゲーム・キッズ(上)』→クリック
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 部屋は内側から完全に施錠されていた。警官が踏み込んだ時、そこにいたのは一人の女性。いや正確には一人というより、二十個くらいというべきか。ばらばらになった体が部屋に散乱してたってわけだ。その手や足や胴体の周りを忙しく動き回る鑑識係員の様子を部屋の隅で眺める私の耳に「刑事のだんな」と、だみ声が聞こえた。振り返るとネコ背の男がいた。顔なじみのたれ込み屋だ。
「どうやってこんなところに入り込んできた」
「この死体の情報を提供して差しあげたのはあたしなんですぜ」
「じゃあお前が第一容疑者だな」
「なあだんな、もっと感謝してほしいってもんだ。あたしが教えてやんなかったらこのお嬢さん、こんなはしたない格好のまんま、あと何ヵ月ほっとかれたかわからない。なのにあたしゃまだ一銭ももらってない。わかる?」
 野郎は両手の指を立てて金額を示した。私はしぶしぶ財布を開いた。これは自腹だ。
「怖い顔しなさんなって。解決すりゃあんたの手柄だ。金一封もらえるよ。じゃ、付いてきてくんな」
 凄惨な現場を離れられて私は内心ほっとしていた。男は建物の外に出ると、裏通りに私を引き込んだ。あたりに人がいないことを確かめ、わざとらしく声を潜めた。
「あの女はな、ネットアイドルだ」
「ネットアイドル?」
「ネットに自分で番組を持っていたんだよ。録画してある……ほら」
 男は画面を開いて私に見せた。少女が現れた。さっき部屋の真ん中に転がっていた首に付いていたのと同じ顔だ。
「つまりこの子は毎日時間を決めてこうやって一人で番組をやっていた……カメラの前で喋ったり、歌ったり踊ったりして」
 こういう番組がたくさんあることは知っていた。自分の部屋のパソコンにカメラを繫いでその映像をネットに流せば、誰でも勝手にチャンネルを持つことができる。面白い奴やかわいい子のチャンネルにはファンがついて、アクセスがどんどん増えていくらしい。そのアクセス数に応じて金も入ってくる。あの被害者もそんなふうに活動しているアイドルの一人だったというわけか。
「一時期はそこそこ人気があったみたいなんだがね。ところが、だんだん飽きられ始めた。まあ、この程度の器量じゃ仕方がないかな。ほら、これはさっきの映像の一ヵ月後だ。ずいぶん元気がないだろう。ろくに食ってない感じだし、服もみすぼらしくなってる。人気がなくなるとみるみる貧乏になっていくのが面白いところだな。こんな姿じゃますますファンは遠ざかっていくし、アクセスが減ると本人もやる気がうせて、しまいに引退、ってパターンが多いんだ。でも彼女の場合は放送をやめなかった。毎日同じ時間に、せいいっぱいのおしゃれをして、カメラの前に立ち続けたんだ」
 画面の中で、彼女が歌う。胸を締めつけられるようなか細い声。
「さて、お楽しみはここからだ。誰にも見向きもされなくなったこのアイドルちゃんが、それから何をおっぱじめたか。だんな、よく見てなよ」
 次の映像では、少女の様子が明らかに変だった。カメラの前に仁王立ちになっている。思い詰めているようだ。右手に何かを持っている。ハサミか。それを左手とクロスさせる。
「あっ」
 私は声をあげてしまった。彼女はなんと自分の指をちょきんちょきんと切り落とし始めたのだ。たれ込み屋はにやにやと笑いながら、さらに画面をクリックする。
「彼女はこうして、捨て身の見せ物をスタートさせたってわけさ。それで視聴率は一気に上がった。手や足をぶったぎるころには、回線はパンク寸前、彼女は以前よりもはるかな人気を得た。スーパースターになっちまったんだよ。ほら、これは電動ノコギリでいよいよ、胴体をひいているところだ。顔を見てみな。うれしそうだろ。彼女、痛みを感じていないみたいだ」
「ひどい。つまり……こうやって自殺を」
「違う。他殺だよ。犯人は、この番組に熱狂していた、街の何万人もの好き者たちだよ。そのエネルギーが彼女をつき動かしたんだ。ほうら、あんただって遅ればせながらもう、その一人になってる。ひどいなんて言いながら、目をそらすことができないじゃないか」
 私は言葉を失った。
 男は私の肩をぽんと叩くと、街の夕闇に消えていった。
 謎は解明されたが、気分は最悪だった。今日は現場に戻る気にはなれない。私はゆっくり歩き、最初に目に入ったバーの扉を押した。明るい雰囲気の店だった。若いカップルだらけだ。
 平和に笑いさざめくこの街の大多数の若者たちの姿。私は少し安心すると同時に、やりきれないいらだちも覚えていた。
(お前らには想像もつかない異様な現実が、この世界の裏側にある)
 喉を焼いてくれるバーボンを待ちながら、私はふと、カウンターの上のモニターに目をやった。
 そして凍りついた。
 そこには、私がついさっきまでいたあの殺人現場……いや自殺現場の光景が映し出されていた。そして私の背後から、若者たちの屈託のない会話が聞こえてきた。
「あの子の死体、やっと発見されたみたいだね」
「ああ、そういえば彼女、ずいぶんがんばってたなあ。人間ってのはどこまで生きられるのか、わくわくしちゃったよ」
「うんうん、死ぬ前の最後の一週間なんか、大迫力だったわ」

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