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SS『すぐに!』

※収載書籍『2000年のゲーム・キッズ(上)』→クリック
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 極上のコニャックを舌のうえで転がしながらリモコンを手に取る。画面のなかに、別世界が映し出される。アジアの片隅にある発展途上国の、農村風景だ。道ばたに、泥の色の子供がへたり込んでいる。7〜8歳くらいの、あどけない顔をした少年。服は強い日差しに焼き焦がされたかのようにぼろぼろだ。カメラは少年の姿を大写しにする。その瞳がじっと、こちらを見つめる。
「おなかが......ぺこぺこです」
 乾いた唇から発せられる棒読みの言葉はテロップで訳される。
「ぼくは一日じゅう働いています。学校には行ってません......でも、あつくてあつくて、おなかがすいて......もう、動けません」
 少年の声が途切れてしまうと、突然、派手な効果音とともに画面上に大きな文字が現われる。
〈寄付を!!〉
 女性ナレーターの声が重なる。
「すぐに寄付を! お願いします。この少年においしくて栄養のある食べものを、そして学校に行って勉強ができる時間をあげてください」
 画面隅に〈振込〉というアイコンが出る。視聴者はそれをクリックすれば、即座に希望額を寄付できるのだ。
〈現在の寄付金額〉
 画面上に、そんなウィンドウが登場した。表示された金額は、ぐんぐん上昇している。
 1000......5000......1万......
「お願いします。すぐに、急いで寄付をしてください。彼は栄養失調です。放っておくと、きっと......可哀想なことに......」
 少年はいつしか目を閉じていた。
 ナレーターの声はあくまでもやさしく、しかし一種脅かすような切迫感を秘めている。
「ついに10万クレジットを突破しました! ありがとうございます。ここから先の寄付金は彼の家族に対する食糧券配給に使われることになります。さあ、もっと寄付して、つぎは彼に奨学金を!」
 やがて番組スタッフが画面外から彼に、何か食べ物を盛った椀を渡した。むさぼるように飲み食いする少年。しかし、スタッフにうながされてカメラに気づくと、彼はこちらに向かって何度も頭を下げた。金額はさらに加速度がついたようにはね上がっていく。
 その光景を見て、私は思わず、声を出して笑ってしまった。
 このチャンネルは、私が運営しているものなのだ。世界じゅうから、できるだけ悲惨な風景を探してきてはそれを生で中継する。そして、視聴者にいますぐの寄付を訴えかける。ドキュメンタリーとチャリティーを合体させたこのアイデアは、大当たりだった。おかげで毎日、天文学的な金額が集まってきて、瞬く間に私は大金持ちになったのだ。
 飢えた子供たちのほかには、死にかけた野生動物を映したりもする。たとえば汚染された海で油にまみれてぶるぶると震える海鳥の姿を見せて、「さあ、鳥さんを助けてあげるために、すぐに寄付を」てな具合だ。コマーシャルやポスターでどんなに篤志を募っても、それに心を動かされる人間は今日び、ほとんどいないだろう。しかし、生の迫力は視聴者の感情をおもしろいほど刺激する。すぐに! ......そう言われるだけで人々は、いてもたってもいられなくなるらしい。たったひとりの少年のために、あるいはたった一羽の海鳥のために、まるで家族のことのように胸を痛めて、あわてて金を払ってしまうのだ。
 そして、その寄付金の大半は、私の懐に入ってくるわけだ。
 心地よい酔いに身をまかせながらさらに画面を眺めていると、呼び出し音が鳴った。
 画面をテレビ電話に切り替えた。そこに、髪を茶色に染め、眉を珍妙な形に剃った女の顔が映し出された。
「ユカじゃないか。どうした、こんな時間に」
「あ、パパリン? こんばんは。こないだはバッグ、ありがとー」
 私のことをパパと呼ぶが、娘ではない。私の、年の若い愛人なのである。
「ああ、大事にしろよ」
「あ、ごめんなさーい、あれ、友だちのリサがあんまりほしがるからあげちった。また買ってね」
「いまどこにいるんだ?」
「大阪にいるんだー。友だちに誘われてバイクに乗っけてもらったら、つい遠くまで来ちゃって」
「友だち?」
「あ、この子たちよ......」
 彼女はふり向いて仲間を呼んだ。すると、5、6人の若い男たちが彼女を取り囲むようにフレーム・インしてきて、こちらに向かって奇声を発した。
「今夜はこの子たちのたまり場に泊めてもらうことにしたの」
「な、何言ってるんだ」
 私はつい声を荒らげてしまった。こんな男どもといっしょに泊まったら、何をされるかわからないではないか。
「高校生のくせに外泊なんか......すぐに帰ってこい」
「えー、だってもう電車ないし」
「タクシー代くらい出す。すぐに君のカードに1万振り込むから」
「えー、でも、あたし約束しちゃったもん、今夜はいっしょに遊ぶって。じゃあこの子たちにも、今夜退屈しないようにお小遣いあげてくれる? うーんと、みんなの分だから10万くらい」
「10万......」
「無理? ならやっぱ泊まるわ。切るね」
「ちょ、ちょっと待った!」
「え、くれるのお小遣い?」
「払う、払う、すぐ払うから、いますぐ戻ってこい! すぐに!」
「すぐに払うのよ! 本当にね!」

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