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花心中 【小説】

 


【私】


私はいつまで此処にこうしているのだろう。
何も変わり映えしない、狭い空間に閉じ込められているような気がする。
美しくありたい。想いは変わらない。
でも、もう何度目か。
今年は何回目の秋だろう。
ひとつ季節が終わる度に急に虚しさが襲ってくる。
ただ美しく。胸を張っていた頃の想いは何度も季節を巡る度にどんどん遠のいていく。
廻りは凛としていたり、色とりどりに着飾って可憐で可愛らしい。
その凛々しさも可憐さも私には無いものだから。
否、あったのかも知れない・・・。
昔はそう思っていたのかもしれない。だけど今はもう心はだいぶ枯れ果てていた。
ただ譲れないものは一つだけ持っていた。
純白だったり、真紅に紫、黄色に橙に藍色。
数えきれない色のある世界で私は薄い桃色が好きだった。
濃い主張の強い桃色ではなく、薄い儚げな柔らかい桃色が好きだった。
好きな色に包まれている時私の心は高揚した。
昔のように美しく。そして、凛々しさでもなく可憐さでもなく乙女心の様に複雑に。
春に生れたかった。
春は周りも輝いていた。
春には愛がたくさん溢れている。
私は秋に生れた。秋は寂しい・・・心躍るような愛も春ほどには煌めいていない。
寂しい思いから頭を垂れる。
そういえばあの人は。
最近見かけなくなったあの人。
こんな私に、美しいと言ってくれたあの人は。

【夫婦】


名島恭平は縁側に腰かけていた。隣には長年連れ添った妻の君江も一緒だった。寡黙な恭平は誰かと食事に出かけることも無ければ、酒や書に浸ることも無い。ただ一日を何気なく過ごし眠りについて朝が来る。それだけで十分だった。
そんな恭平に君江は尽くした。これといって二人の思い出も無ければ当然喧嘩したことも無い。
それでも君江は満足だった。生活は質素だったが恭平は花を植えることが好きだった。恭平の植えた花が季節毎に花開くと質素な生活にも明かりが灯った。今も、恭平が植えた花が寂しい秋を彩っている。縁側から花壇を見ている恭平の顔を見る。
目は瞑っているが、秋を体中で感じているのだろう。
随分と歳をとった。あの頃のように庭で花の手入れをする姿はめっきり見なくなった。恭平の視力は殆ど失われていた。痩せ細って筋が浮き出ている手に、同じ様に筋の浮き出た手を重ねる。
恭平がもう長くないと医者から告げられた時は悲しみの淵に立たされた。
病院での治療を恭平は拒んだ。どうせ長くないのならばこの家で最期を迎えたいという寡黙な男が始めて覗かせた頑固な意思表示だった。
あの花壇にには恭平が一番好きだった花が咲いている。今年はもう咲くことは無いだろうと思っていた。いつの間にか根を張り花を咲かせている。
まるで私の場所だと言わんばかりに。
一羽の鳥が鳴き声を響かせながら夜の秋に帰っていく。夕暮れはもう日が落ちて薄青い夜に変わっていた。
手を引いて縁側まで連れてきて良かったとそう思えた。いつもはピクリとも動かない恭平が今年も花が咲いたと告げると、その筋で強張った手を動かし花壇の方を指さしたからだ。
家の中とはいえほとんど寝ている恭平を連れ出すのは苦労した。だけどこれで良かったと思う。ほとんど見えない筈の恭平の顔には満足そうな笑みがともっていた。
それから、ほどなくして恭平はこの世を去った。寡黙な恭平は最期まで静かに去っていってしまった。
枕元には彼の好きだった花を一輪飾っておいた。

【君江】


兄弟姉妹が多いい家に私は長女として産まれた。学校にいきながら家事をこなして弟や妹の面倒も見なければならない。家は貧しかった、同級生が新しい服や流行りの文房具の話題で持ち切りの時は悲しかった。共働きでも日々の生活が精一杯の生活で買って欲しいなんて口が裂けても言えなかった。
当然、友達と遊ぶ時間すら無かったし恋する暇なんてどこにも無かった。それでも自分は長女として良い子であり続けた。慕ってくれる弟や妹たちは可愛かったしそうすれば皆私を褒めてくれた。
舘島晶子という同級生がいた。晶子は私の唯一の友達だった。クラス委員も務める晶子は優しくて気が利いて勉強もできて美人で誰からも好かれるような女子だった。
クラスをまとめるときや、行事を行うとき率先して動く晶子はいつも凛としていて上級生やたとえ先生でも堂々と意見を言える強さがあった。
クラスで育てた花の世話も積極的にしていたし、晶子は花がとても似合う。それに比べて私は地味でこれといった華もなければ日々家事に追われて勉強もできない。そんな晶子が自分と友達なのは誇らしかった。
晶子は沢山の友達に囲まれていたけど、いつでも私だけにいろんな悩みを打ち明けてくれたからだ。
そんなある日、晶子から“好きな人ができた”と打ち明けられた。恋なんて私には関係ないと思っていた。でもこれが私の人生を全て変えた出来事だった。

「ねぇ。君江これ内緒にしててね、私小野寺君が好きなの」
「小野寺君?」
「私が毎朝、お花の水やりをしてたらある日小野寺君がそんな水のやり方じゃ駄目だって言って手伝ってくれるようになったの」
「小野寺君て花に詳しいの?」
「私も最初すごく驚いたわ、だってどう考えてもお花なんて好きそうな雰囲気じゃないもの」

小野寺竜一。はっきり言ってその時は顔も何も思い出せなった。人のことは言えないけど目立った所もないし、いつも本ばっかり読んでるような大人しい人。何故そんな人を晶子が好きになったのだろう。花と小野寺竜一・・・
全然想像できなかった。花と晶子ならだれがどう見たって納得する。花はきっと晶子の為に咲いているんじゃないかと思うくらいに。
そんな時だった、母が死んだ。
もともと母は体が強い方ではなかった。だけど家族の為に父の仕事だけではやっていけず母もまた仕事をした。いつからか心労が蓄積されていたのかもしれない。母は決して弱音を吐かない。母はいつも言ってくれた。
「君江がいるから、お母さん本当に助かっているのよ」
父も好きだった、弟も妹も、だけど母が一番好きだった。
そんな母が居なくなって私は自分を責めて責めて責め続けた。
母の心労がたったのは私のせいかもしれない。私の何もかも頑張りが足りなかった。
私の住んでる町は田舎で葬儀は昔から自宅ですることになっていたから、父や親戚と一緒に母の葬儀の準備をしなくてはならない。
まだ小さい弟や妹の為にも私が悲しんでいる暇はないんだ。私は自分に言い聞かせた。もう私だって中学生だ。もう子供じゃないんだから。
住んでいる町には、昔からやってる生花店があった。冠婚葬祭どんなときも皆その生花店に行くのだ。家に花を飾る習慣なんてないし、花屋で買う花なんて贅沢なものは買ったことはなかったから私は初めてその生花店へ足を運んだ。
「ごめんください」
奥の方からバタバタ走ってくる音がする。目の前には真っ白い花がたくさん置かれていた。
何も色の混ざっていない白は冷たい感じがした。こんな冷たい花に囲まて
眠る母が不憫に思えた。
白は冷たい色だ。
生花店の店主から受け取った後、私は自宅に向かって歩き出した。冷たい白い花を見ていると心が吸いこまれそうだった。なんかもう悲しくて涙が溢れそうになったのを必死で我慢した。こんな所誰にも見られたくはなっかた。
向かい側から歩いてくる人が見えたので咄嗟に私は下を向いた。
見慣れた制服、同じ学校の生徒、どこか見覚えのある顔だった。
その生徒は先ほどの生花店へ入っていった。
その時私は生花店の名前をみて驚いた。
【小野寺生花店】
前に晶子から秘密を打ち明けられた時のことを思い出した。花に詳しいのは自宅が生花店だったからだったのだ。
晶子は気づいてないのだろうか?この町にには生花店は1つしか無いのに、小野寺君も人と話すことなんてあまりなさそうで、いつも誰かと賑やかに話している晶子は全く眼中になかったのかもしれない。
いくら友達といえど人の恋路に構ってられるほど私の精神は安定していなかった。振り切るように頭をふって今はそのことを忘れた。
母の葬儀はしめやかに営まれた。
母の居なくなった日々は空洞だった。ただある一点を除いては。
小野寺君は母の葬儀の時に何度か小野寺生花店から足を運んでくれた。
そのことがきっかけで私たちは少しづつ会話が増えていくようになった。
だけど、どこかで後ろめたい思いもあった。晶子は小野寺君が好きなのだ。私だけに打ち明けられた事実・・・でももう取返しが付かなくなっていった。私は産まれて初めて恋をした。
私のポッカリ空いた空洞を埋めてくれたのは、色を付けてくれたのは他ならぬ小野寺君だった。
小野寺君から沢山の花の種類を知って、沢山の花を育てることにした。それがきっかけで私と小野寺君との距離は随分縮まった。
母のいなくなった家で私は母親代わりだった。学校もいきながら家族の面倒も見なければならない。でも愛情を育てた花が咲いたときは全ての努力が報われた気がした。咲き終わってもまた来年も花開く種類もある。皆のような流行りのもの、可愛い服、そんなものがなくても私は幸福だった。小野寺君と共通の話題がある。時間さへあればいつでも会えるんだから。
晶子との距離は段々開いていた。私が一方的に避けていたのかもしれない。
やっぱり後ろめたい思いは残っていた。
晶子から渡して欲しいと頼まれた手紙を私は人知れず燃やした。
母の葬儀の時小野寺君と話すようになった事は晶子に話していた。
その時はまだ恋心なんてなくて、ただ生花店の息子だったから
「君江、小野寺君に渡してくれた?」
「え?うん、渡したよ」
「凄く緊張する、返事待ってる間眠れないの」
「そうなんだ。私恋とか分からないから・・・」
「君江もわかる日がくるわ、その時は教えてね!私絶対協力するから」
「うん、ありがとう」
嘘をついた。私は今恋してる・・・晶子が好きな小野寺君に。
晶子は美人だからきっと上手くいくって思って疑って無い。
晶子の奇麗に整った顔・・すべてが羨ましくて初めて嫉妬した。
それから、晶子は何回も私の元にきては内緒で返事の件を聞いてきた。
そのたび、私に聞かれても分からないと曖昧に返事をする。
絶対に振られることなんて無いと思ってる晶子。
なんて惨めな子。
私はどこかで私が好きなように小野寺君も私のことが好きだと思っていた。
いっそ晶子に打ち明けてしまって、あの奇麗な顔が醜く歪むところが見たい!私は晶子に勝ったんだと自慢してやりたかった。
そんな、優越感は長く続かなかった。
晶子と小野寺君が付き合っている。クラス中の噂はあっという間に広がった。あまりにも分相応の2人に周りは口々に陰口を叩いた。
本人たちの前ではいい顔をする。
おめでとう!お似合い!よかったね!
地味で目立たない小野寺君は晶子という 花 のおかげでクラスの中心に溶け込んでいた。本当に地味なのは私一人だった・・・
私はあの時晶子から預かった手紙を焼いたのに。
晶子の想いを小野寺君が知るはずがないのに。
それとも私は騙されたの?あの手紙は最初から嘘だった???
小野寺君は私が好きだったはずなのに!
私達は両想いだったでしょう?
私はクラスメイトがする噂話を聞いてないふりして必死で聞き耳を立てた。
「小野寺君は晶子が好きだった。小野寺君から告白したらしいよ」
「あんな大人しい顔してやるじゃない」
信じられなかった・・・。私に優しくしてくれたのは何だったの?
晶子に近づくため?
そんな私の想いを知ってか知らずか、私の前を仲良さそうに歩いて下校する2人が見えた。
家に帰って私は花とい花を全て引き抜いてて燃やした。あの手紙の様に。
一瞬で燃えつくした。花を見てると自分が惨めで仕方なかった。
花に欺かれてる気がした。
「あの2人には白くて冷たい花がお似合いよ」
晶子は小野寺君と付き合うようになって、私にあまり話かけないようになった。当然小野寺君とも話すことは無くなった。
私は高校には行かなかった。華々しい学生生活を辞め就職して母の代りに家庭を支えた。弟や妹たちも無事学校を卒業し、父も突然脳梗塞で倒れると
回復することなく死んでしまった。
お金を貯めて整形手術をした。学生の時のあの屈辱が今でも忘れらなかった。地味な私はきっと晶子に顔の美しさで負けた。
私は、花屋で働くことにした。だって私の方が花なんかより奇麗に決まってる。花なんて枯れたら汚いゴミになるだけ。
売れ残りの美しくまだ瑞々しい花を捨てる。色とりどりの美しい花たちが
ゴミ箱に乱雑に投げ入れられて燃やされる。
こんな気分のいいことは無かった。
そんな時だった、田島恭平に出会ったのは。花を卸にくる業者だった。
自分で花を育てて卸しているといった。
自分からは話しかけないと話してくれないような人だった。地味で寡黙でぱっとしない人だった。花の事を聞くときは嬉しそうに話す恭平をみて誰かに似てると思った。
私の気持ちを踏みにじったあの人。
花が好きだという恭平に、私のほうが花なんかよりずっと奇麗だと思い知らせてやりたかった。
私は恭平に取り入った。恭平は家族と疎遠ということで無理やり恭平の家に押し掛けた。幸い私たちが一緒になることについて意を唱える人は誰一人いなかった。もう40代が近かったこともあり、ずっと独身だった身を心配していた弟や妹達も無にも言わなかった。
人知れず籍を入れ一緒に暮らすことになった。恭平は私より花を愛した。
許せなかった。恭平が大切に育てる花を何度も何度も滅茶苦茶にした。
恭平は私にはまったく興味が無いみたいに花ばっかり育てては愛でていた。
表向きは献身な妻を装った、もちろん不満一つ言ったことはない。
恭平が大切に育てた花が踏みにじられ荒らされていく様を恭平がみて愕然としている姿を見るのが楽しかった。
弱っている恭平に優しく接してあげた、たまには私も落ち込んでる体を装った。
だって私は恭平を愛しているんだから。
恭平はあっさり死んでしまった。最期に私より花を選んだ。
私はまた晶子に負けたの?
あの女に私は2度も負けたの?
恭平の遺品整理をしている時、数少ない持ち物だった本から一枚の写真が落ちてきた。
写真なんて撮ったことも無い。
図分古い写真だったけどその写真を見て寒気がした。
晶子そっくりだった。花に囲まれて微笑む写真の女性は学生の時より
随分大人びていたけど間違いなく晶子だった。
散々踏み散らかした恭平の花壇から花を集めて写真と一緒に切り刻んで燃やしてやった。花の色も写真も燃え盛る炎も全部白黒に見えた。
晶子の手紙を燃やして、自分が植えた花を燃やして、恭平が植えた花と晶子を燃やして。色が消えた。
母を亡くした日、白黒の世界だった。

【恭平】


大学時代に俺はある男と再会した。
まだ小学生だったころ、どこか寂れた田舎町に住んでいた。
一面中田んぼが広がる長閑な風景は逆に言えば何も無い。
出張の多いい父親はことあるごとの住まいを転々としていた。
こうしてやってきた田舎町はひどく退屈だった。
ゲームセンターもなければ、ファストフード店もなくてあるのは
山か川。良く言っても公園と呼ばれるブランコと滑り台があるだけだった。
学校の生徒と仲良くなる気すら全然なかった。
どこか田舎臭くて仲良くしたくなかった。TVの番組も1週間遅れるし
新刊なんて早くて3日は遅れる。
遅れるならまだいい方で最悪入荷さへしないこともあった。
正確に言うと父親は隣町に住んでいて、ここは父親の実家だった。
祖父母も母親も自由主義者だった。家でゲームしても学校の成績さへ落とさなければ何も言われなかったし、父親はあんなんだから欲しいものなら何でも買ってくれて、住んでる場所以外に何の不自由も感じなかった。
田舎者ってどうしてあんなによそ者をジロジロ見る癖があるんだろう?
小学校に制服は無かったけど、母親は毎日白いシャツに、ネクタイ紺色の半ズボンに白い靴下とローファーで、冬は紺色のズボンと同じ色したジャケットを着せた。周りの子供はキャラクターものの柄の入った服とか色もそれぞれで靴だってキャラクターのデザインされたような靴を履いていた。
何度か抗議したけど、これだけは許してもらえなくて・・・
はっきりいってこんな田舎だと浮いていた。
今まで、幼稚園も学校も制服があるところだったから、服装が自由な学校があるなんて知らなかったけど。
学校に行ってもつまらない。転校生ってだけでチヤホヤされるのは嫌じゃない。小学校でもあるルールが存在する。
クラスで一番強そうなやつらと仲良くしてれば何でも上手くいくんだ。
家が何でも買ってくれるような家だったから、流行りの物は誰よりも早く手に入れれた。だからクラスで一番強そうなやつに狙いを定めて仲良くしておいた。
山本猛、図体ばっかりでかくて勉強なんて全然できないくせにクラスを仕切ってるのは山本だった。
母親はお菓子を作ったりするのが得意だったから、家に誘ってはゲームをしたりして遊んでた。
それでもやっぱり退屈だった。なにかこの退屈をつぶせるなにかないかといつもぼんやり考えていた。
ふと目に止まった斜め前に座ってる相模竜一。
誰とも関わらないような奴だった。勉強もそんなできないし、運動も中の下くらいだし、いつも何かの図鑑ばっかり眺めている暗いやつ。
休み時間に、相模が読んでる図鑑を奪ってみた。
「いつも、何読んでるの?」
相模は何も言わなかった。言わなかったどころかすんなり取られても何も言い返さなかった。
【昆虫図鑑】
なんだ。もっとなにか面白いものでも読んでるのかと思ったけどガッカリだ。ここは田舎だからカブト虫とかクワガタとかそこら中に沢山いたし、それを捕まえに熱い中を歩かされるの嫌だった。
相模は何もなっかたように図鑑を手に取るとまた静かに読みだした。
「おぃ、田島今日公園でサッカーやるけどいく?」
「いいよ」
こんな暑い日にサッカーなんてやりたくないに決まってる。
山本からの誘いを断るわけにもいかずいかにも快く返事しといた。
学校が終わるとすぐ集合だった。山本の他にも数人集まっていて
上手くチームが分かれるとサッカー開始だ。
日が暮れるまでサッカーを楽しむと、それぞれ家に帰る時間になった。
あまり遅くまで外にいると、学校の先生に見つかってまた煩く言われるからだ。帰り道山本と途中まで同じ方向だったから何となく聞いて見ることにした。
「相模君は、サッカー誘わないの?」
「相模?あいついても何の役にもたたないじゃん」
山本はネットに入った自前のボールを足でポンポン蹴りながら歩いていた。
「田島、転校してきたばっかだからしらねーのか」
「何?」
「相模ん家ってさ、両親離婚するかしないかで揉めてるんだって、母さんが話してるの聞いた」
「へぇ~そうなんだ」
どうでもよかった。親がどうこうなんて子供には関係ないし。
しかも他人の家なんて尚更どうだっていいんだ。
それからしばらくして父親がまた転勤になり、転校した。
小学校、中学校、高校と幾度となく転校を余儀なくされ、友達を作る暇もないまま大学へ進み一人暮らしを始めた。
子供の頃からきっとマセガキだった。こいつらとは生きてる世界が違うんだとそう思って生きてきた。多分これからもずっとそうやって生きていくんだ。
大学に入学してもちっとも楽しくはなかった。それなりに友達はできたけど、深い付き合いをするやつはいなくて表面上の友達ごっこ。
今日は午後からの講義は出ないつもりで、昼飯を食べに学食に行った。普段なら全然行かないのに、昨日の夜も今日の朝も食べてないせいか空腹が限界だった。
適当にメニューを選んでどこに座ろうかと当たりを見回している時、窓際の席に一人で座っている学生の隣が開いてたのでそこに座ることにした。
「ここ座ってもいい?もしかして先客あり?」
「いいえ」
そっけない返事。
いないなら、別にいいかとそこに座ることにした。
俺が座ろうとするとそいつは席をほんの少しだけ避けてくれた。
なんか見覚えがあった、昔熱心に図鑑を読んでいたやつの図鑑を奪った時の・・・
「相模竜一・・・もしかして相模君?」
「え?」
「覚えてない?小学生のときほんの少しだけ同じクラスにいた田島恭平だよ」
少しだけ間があった。当然覚えて無いだろう、なんてって相模竜一とはそんなに話した記憶がなかった。
「あ・・山本君たちといつも一緒にいた転校生」
「そうだよ。転校生だった」
「ごめん、あんまり話したことなかったから」
「いや、俺もないし大丈夫、まだ昆虫とか好きなの?」
「昆虫?俺昆虫なんて好きじゃないよ」
「図鑑読んでたから、好きかと思ってたまさか同じ大学生なんて驚いた」
「大学生?俺は大学生じゃないよ。大学にある花壇の花の手入れしに来ただけだよ」
「花?」
「うん」
よく見ると首から名札が掛かっていた。【小野寺生花店 小野寺竜一】
「小野寺竜一?」
「あぁ、親が離婚して苗字が小野寺になったんだ」
思い出した。うっすらだけどあの時山本が言ってた親の離婚。
あの時は他人の家庭なんてどうでもよくてスルーしたけど本当だったんだ。
「小野寺って花屋さんなんだな」
「そう。母さんが一人でやってるけどもう歳だから手伝ってるんだ」
「いいよな、家継げるとか将来安定じゃん」
「そうでもないよ俺の家は小さな花屋だから、たまにこうして依頼があったら花の手入れに来てるだけ」
「いやいや、立派だよ!もう仕事してるんだから、それに比べて俺なんて・・なんもすることないしさ」
あの相模が・・・いや小野寺がもう仕事してる。俺なんて家飛び出して大学入ったけど別にしたいことも何も無かった。
「あ、ごめん田島君 俺仕事戻らないと」
「悪いな、邪魔して仕事大変だな」
「そんなことないよ、俺は花が好きだから」
花が好きだから。小野寺は何の恥じらいもなくそう言い放って学食から出て行った。好きな事があって、就職先があって人生の勝ち組。
俺は負け組。そんなレッテルを貼られた気がした。
小野寺と出会ってから学生生活がほんの少し楽しくなった。花壇を手入れしに来てる小野寺を見つけてはよく話した。
よく花の話を俺に言ってくれるけど、俺にはちっとも分からなかった。
そんな時、産まれて始めて花を見た。
生きてる花を・・・
学校の門のところにその花は咲いていた。いや立っていた。
凛とさく一輪の花。
まさか、小野寺の彼女だなんて信じられなかった。
またしても俺は負け組だった。
舘島晶子、小野寺の彼女だ。学生の頃からの付き合いらしい。
どの角度から見ても美人だった。生きてる花こと舘島晶子と小野寺は近々婚約するらしい。一体小野寺のどこに惚れたののか理解不能だった。
花が好きな男はきっと珍しいかもしれない。控えめで男の俺から見てもぱっとしないような小野寺に神様は最も美しい花を与えたのかもしれない。
俺に紹介したことをきっかけに、俺たちは3人で出かけることも増えていった。仲睦まじい2人を遠くから眺める俺は心細かった。
俺にも彼女が居たら、こんな心細い気持ちに襲われることも無いのに。
彼女なんてできる気配も無かった、それよりも就職活動という最難関が待ち構えていた。
したいことも無い。やりたいことも特にない。
子供の頃から、将来の夢なんてものは存在すらしなかった。
自暴自棄に陥っては憂さ晴らしに飲み歩くのが日課になっていった。
泥酔しては、気づけば知らない場所の歩道で目が覚めることもしばしば増えていった。
大学を休みがちになった俺はもうとっくに花壇の手入れなんて終わってるはずの小野寺とも会う機会が減っていった。
何となく電車を乗り継ぎ駅を通り過ぎ知らない場所で飲み明かす。そんな生活もこれで最後にしようと誓って普段行かないところまで来ていた。
散々明るいうちから飲み歩いた俺はやはりどこかの路上に倒れこんでいたらしい。
「大丈夫ですか?」
目が覚めたら俺の視界に花が咲いていた。花が気遣って話しかけている。
もう終わりだ。幻覚だ・・・
「あの・・・田島さん・・ですよね?」
俺の名前を呼ぶ花が・・・もう一度目を開けるとそこにいたのは舘島晶子だった。
「あれ?どうしてここにいんの?」
「よかった、気がつきました?すごく酔って倒れてたので」
「あぁ・・・また飲みすぎたんだ」
いっそこのままこの時俺が死んどけば良かったんだ。
「ここから、家近いんですよ 竜一ももうすぐ帰ってきますから休んでいきませんか?」
女神だ。この世に女神は存在したのだ。
よろよろ立ち上がった俺を細い彼女は支えながら歩き出した。
近いと言っていたけど本当にすぐ近くでそんなに新しくない小さな少し古いアパートだった。
部屋に入ると、2人で住むにも少し狭いんじゃないかと思えるくらいの間数だった。ソファに座ってぼんやりしていた。
飲み物を準備してくれるといった舘島晶子は狭いキッチンで準備している。
なんだ・・・就職先も決まっていて安泰していると思っていた小野寺の家はこんな小さな場所だったのか。
こんな狭い場所に奇麗な花を閉じ込めているのか。
あいつは俺の事を馬鹿にしてるに違いない。
彼女一人作れない俺を。
就職先も見つからずにふらふら泥酔してる俺を。
あの図鑑を奪った日、あいつは何も言わなかった、山本達に
取り入ってる俺を内心馬鹿にしてたんだ。
あの時からずっと・・・・
花が好き?俺だって花の一輪くらい飾ってみてぇよ・・・
舘島晶子が酔いに良く効くお茶だといって出してくれた。
長い髪を耳にかける仕草に俺は・・・魔が差した。
小野寺の大切な、大切な花を、俺は奪った。
逃げるようにその場を去った後は、何も覚えていない。
どうやって帰ったのかも全く記憶になかった。
大学も中退した。
あの時自分がしたことの後悔が毎日毎日嵐のように襲ってきた。
酒を飲むことも辞めた。
もういっそ死んでしまいたい。
日に日にその思いが強くなった。
けど死ぬ勇気なんて俺には無かった。
あの時、泥酔した俺に舘島晶子が気づかずにいてくれたら、
車に轢かれて死んでたかもしれない。
その方がよかったんだ。
携帯がメールを受信した音で我に返ったおれは画面を見て息をのんだ。
【田島君、久しぶり。あれから俺も大学の花壇の手入れも終わってずっと会ってないけど元気にしてる?晶子と結婚して子供が生まれたんだ。
今度そっちに行く用事ついでに会えないかな?よかったら子供にもあってほしい】
小野寺からメールが来たのは初めてだった。連絡先の交換をしたのは覚えているけど、何故?
(小野寺・・・本当にお前の子供なのか・・・・?)
あの時から、どのくらい月日がたった?
今の季節は何だ?
時間の感覚も何もかもが麻痺していた。小野寺との連絡はおろか
外との連絡は一切遮断していた。TVすら見ていない。
小野寺が結婚したことも、身ごもった事も何も知らなかった。
だからといって、聞けるわけがない。
会いたくもない。
俺が悪かった・・・申し訳ないことをした。
頭の中ではすらすら言葉が浮かんだ、実際本人を前にしていえる自信は全く無かった。
でも、伝えるべきか・・・
舘島晶子は言わなかったのか?俺がしたことを。
それとも知ってて小野寺お前は俺に連絡してきたのか?
混乱してパニックになった。息ができない・・・
息をしようとする行為が俺を殺そうとしている。
そのまま視界が暗くなって闇に沈んだ。
眩しさに目がくらんで目が覚めた。
朝だ・・・また死んで無かった。
もう一度小野寺のメールを開いて確認して
【俺も、お前に話したいことがあるんだ。】
返信して数分たってから返事が来た。
2日後の日曜日に大学近くの3人でよくいったファミレスで待ち合わせだった。中退した大学。3人でいったファミレス・・・
もうここまで来て後に引けなかった。
全て打ち明けよう。もしかしたら殺されるかもしれない・・・
それでも構わない。
そしてその日はやってきた。
待ち合わせの時間に早くついてしまった俺は、何するでもなくただ時が過ぎるのを待った。時計の針が時を進めていく。
手にも顔にも汗が噴き出していた。怪訝そうな顔で見る客や店員をよそにひたすら水を飲み続ける。
俺にはおそらく末期の水は必要無いかもしれない。
ふと窓の外を眺める、良く晴れた秋の青い空が広がっていた。
なんて天気の良い日なんだ。
しばらく空を眺めていると、けたたましくサイレンの音が響き渡った。
どこかで事故でも起こったのかもしれない。
時計を見るとまだ10分前だった。
救急車とパトカーを何台も見送り、また時計を見た。
もうそろそろ到着する時間だ。もし事故に巻き込まれていたら遅れるかもしれない。
運転中電話をかけても、小野寺は出ないかもしれない。
車で来ていないかもしれない、電車だったら・・それでも出るか分からないけど。あれから30分が経とうとしていた。
小野寺の携帯にかけてみた。一向につながる気配がない。
アナウンスが同じことを連呼するばかりだった。
嫌な予感が体中を走った。
その時親子連れがファミレスに入ってくるのが見えた。
スタッフに案内された親子は小野寺じゃ無かった。
俺の後ろの席に座ると会話が聞こえてきた。
「対面事故だったみたいね」
「まだ、小さいお子さんも乗っていたんだって」
俺はいてもたってもいられずその親子に場所を聞いた。その親子はその現場を見ていたのらしい。車のナンバーとか車種とか言われても俺が知る筈は無かった。
運ばれた病院が事故現場から近かったためすぐに運ばれていくとこも見たらしい。俺はその親子に礼を言ってすぐ駆け出した、病院は駅近くにある大きな病院だからすぐわかった。
違うかもしれない。それが小野寺達だって保障はどこにもない。
できたら違っていて欲しい!
死ぬべきなのは俺なんだ。お前たちじゃないんだ!
気がつけば涙が溢れた。なんの涙か分からないくらい泣きながら走って病院についた時。
俺の予感は現実のものになっていた。
晶子はもう息を引き取った後だった。即死だった。
小野寺は集中治療室で処置を受けている。
幸い子供は無事だった。
警察や病院関係者に小野寺の家族の事を色々聞かれたけど
何一つ知らなかった。おれは本当に何も知らなかった。
転校した小学校でたった数か月一緒になったけど、仲良くも無かった。
大学で再開するまで全く思い出すことも無かった。
いつ?晶子と出会ったのかも本当に何ひとつ知らなかった。
もしかしたら3人でいる時話したのかもしれない。
俺は多分何も聞いてはいなかったんだ。
今になって悔やんでもどうしようも無かった。
ただ集中治療室の表示がいつまでも点灯している病院にただ立ち尽くした。
何時間たったのだろう。表示が消えると数人の看護師と医師が出てきた。
あらゆる管を付けられた小野寺はそのまま病室へと運ばれていった。
何日も小野寺の病室へ足を運んだ、いつか目覚めてくれるかもしれないと。
ほどなくして、小野寺の意識が戻った。小野寺の病室に行くと俺は何回も何回も謝った、
「小野寺ごめん、ごめん、ごめん、ごめん」・・・
言葉が出なかった。ごめん。その言葉一つしか出てかなくてひたすら謝り続けた。死ぬべきなのは俺の方だったんだ。
俺だ。
小野寺はただ光の通らない暗い瞳を天井に向けてるだけでなんの反応も示さなかった。
それから数か月、小野寺が退院したことを知った。今更どんな顔をして会いに行けばいいのか、晶子の葬式でさへ俺は行っていなかったのに。
小野寺から連絡がきたのは突然だった。
小野寺に会いに行くと、車椅子に乗った小野寺が俺を迎えてくれた。
奥から子供の泣き声がした。
「俺がこんなだから、母さんが面倒みてくれていたんだけど、母さんも先月亡くなってしまった」
「そうか・・・」
かける言葉が無かった。小野寺にはもう正気が全く無かった。
晶子とは駆け落ち同然だったこと。晶子の親が猛反対したのを振り切って2人はここまで来たんだそうだ。
子供が産まれると知っても、向こうの親は無関心だった。
晶子が事故で亡くなった後向こうの親は一切関与しないと言ってきたそうだ。いくら気に入らない男と一緒になったとはいえ、自分の娘の血が繋がった子供を見捨てることができるのだろうか?
小野寺は年老いた母親と一緒に育てることに決めた。
だがそんな母も先月亡くなってしまった。
今の状態では満足に仕事もできない。子供もまだ小さく望むような育児もできない。最近ここに引っ越してきたという小野寺は土地勘のある俺に子供を一時預けられる場所がないかという相談だった。
「ごめんね、こんなことするべきじゃないのはわかってるけどもう頼れるひとは田島君しかいなくて」
俺は全てここで話すべきだと悟った。ここで話しておかなければならない。もし、小野寺の子供じゃないなら小野寺がこんなに苦しむ必要もなくなるかもしれない。
「小野寺・・・ごめん、いやすまない!本当にあの時のおれは馬鹿で屑でどうしようも無かった 俺がしたことは許されることじゃなんだ、あの時死ぬべきなのは俺だよ、その子は・・・その子は、俺の子供かもしれないんだ」
土下座し謝り続けた。額を何度も打ち続けた。まだ足りない・・・これじゃ足りない。
「何をいってるの?間違いなく俺の子供だよ」
「俺は、あの時小野寺がいないとき晶子に手をだした、お前の大事な花を摘み取ったんだ」
「あのとき田島君はすごく酔ってた、晶子から何も聞いてない俺は晶子を信じてる」
まっすぐな瞳だった。どこまでもまっすぐな揺るがない瞳だった。
「俺にその子を預からせてくれないか」
「それは、田島君に迷惑かけるわけにはいかない」
「小野寺がまた仕事に復帰できるまででいいんだ、俺は小野寺に嫉妬していた、お前が羨ましくてたまらなかった、それに俺があの呼び出したりしなければこんなことにならずに幸せに暮らしていけたんだ、俺が全部奪ったんだ」
必死で小野寺に言い続けた。声がもうでなくなるくらいに必死で言い続けた。小野寺は頑なに首を縦には振らなかったけど、それでも必死で言い続けた。
小野寺は今リハビリを受けていて、それがある程度落ち着くまでという期間で俺は子供を預かった。
桜子という名前は2人が一番好きな花で、花のように誰からも愛される子になってほしいという願いを込めたときいた。
俺は桜子を引き取ってから真面目に仕事を探した。運送会社に就職が決まって育児と仕事を調べながら毎日こなした。
リハビリからの帰り道だった。ふざけあってる学生のそばを取り掛かった小野寺はふざけてる学生に体当たりされる形でバランスを崩した。車椅子を辞めて杖を使って歩き始めたばかりだった。
ふざけあっていた学生は小野寺を助けようとしなかった、そのまま車道に飛び出す形になった小野寺は走ってきた車と衝突して帰らぬ人となった。
この時、
俺は誓った。
小野寺竜一として生きていくと。
桜子は俺が育てる。小野寺が好きだった花を勉強し自ら植えた。運送会社に勤めていた俺は自ら育て花を卸してを生活した。
小野寺のように、花を愛して、寡黙な自分を作った。
桜子はどんどん奇麗になっていった。生きていた時の晶子と瓜二つだった。
これが小野寺夫妻への罪滅ぼしでもあり、俺への罰だった。
桜子は大きくなると看護師になると上京していった。
桜子に本当の事は一切話さなかったし、桜子も最初は母親の居ないことが寂しいと思っていたかもしれないが年齢を重ねるごとに触れてこなくなった。
40を過ぎた頃、俺は花屋で働く君江と出会って結婚した。君江も花が好きだと言ってくれたし、何より桜子にも安心して自分の人生を歩いて欲しかったからだ。
式は挙げなくてもいいと君江も言っていたから、 籍だけ入れて夫婦になった。
桜子の事は君江にも話してはいなかった。桜子を引き取った時俺は家族との縁も切っていた。
このまま老後を迎えて終わっていくのだと、思っていたところに病気が発覚した。あとが無いと知った時、君江に申し訳ない思いもあったが自宅で最期を迎えることを選択した。
俺は花を植え続けることが全ての償いだった。花壇を手入れし毎年花を植え続けた、突然花が全て枯れたり、荒らされたりしたが季節や野生動物のすることなら仕方ないと思った。
最後に君江に言って、最後の花壇を見たとき見事な桜が咲いていた。
薄い優しい桃色の花びらを揺らしながら。それが俺が見た最後の光景だった。
「すまない・・・俺はずっと赦されてはいけない」

【桜子】


≪お母さん・・・≫私は母の存在を知らないまま育った。物心ついた時には母親はいなくて父と私と2人暮らしだった。
父は私がまだ小さいときにに母は事故で亡くなった。とだけ教えてくれた。
お墓参りにも行ったことは無いし、母の写真すら見たことも無かったけれど、父は本当に優しくて大好きだった。
参観日にも、発表会にも、入学式も卒業式も仕事の合間をぬっては父は駆けつけてくれた。
父は口数は少ないけれど、優しくて大好きな自慢のお父さん。
父はいつだって私が母に似ていて奇麗だって褒めてくれた。
私そんなにお母さんに似ているのかな?
確認はできないけど、父がそういうならきっと間違っていないよね。
少しは父に似ているとこもあったのかな?
少しくらいはあって欲しい。
私は父の子供でもあるんだから。2人の遺伝子をちゃんと引き継いだ子供なんだから。
病気で少しだけ入院したことがあった、父は顔面蒼白ですぐに私のいる病院にきた。色々検査をしたけど特に異常はなくて数日入院してすぐに退院した。
あの時の父の慌てふためいた顔といったら・・・
そんな重病人でも無いのに私が今日にでもいなくなってしまうんじゃないかって思ったのか、父の愛情が本当に嬉しかった。
母がいないことも、全然寂しくなっかたよお父さん。
子供時代には片親だってだけでからかわれたりしたこともあったけど、父はいつでも私の味方だって言ってくれた。
友達と喧嘩したとき私がムスってしていても、奇麗な顔が台無しだよって、
優しい子でありなさい。
誰からも好かれる優しい子でありなさい。それが父の口癖だった。
入院した時の、看護師さんの対応がすごく優しくて、私もそんな優しい看護師になりたいって思った。
父も反対しなかったし、私は上京して看護学校に入った。
父と離れるのはちょっと寂しいけど、優しい子でありなさい。は私の心の支えとなった。
知らない土地でも友達は沢山出来たし、バイトを掛け持ちしながら勉強をして早く看護師になって父にこの姿を見せてあげたい。
押川珠美から合コンに誘われたのはそんな時だった。
誘ってくれるのは嬉しいけど、今はそんな暇も無かったし合コンにもあまりいいイメージは持てなかった。
「桜子、お願い!今日だけだから、どうしても人数足りなくなっちゃって」
「私、バイトもあるし・・・」
「そこをなんとかお願いします!桜子様!!」
珠美は同じ看護師を目指している友達で、お互い上京してきた身でもありすぐに仲良くなった。今日の合コンが有名な大学とのことでどうやら何か切羽詰まったものがあるらしい。
珠美は昔から、結婚して幸せな家庭を築きながら仕事もこなす事!を信条にしていて何より高スペック男子が一番の幸せの近道なんだと自分の理論を立てていた。
バイトのシフトは変更してもらえるか不安だったけど、支払いは全部向こう持ちでしかも普段ならとても行けそうにない高そうなお店だった。
「バイト次第だよ、変われなかったら行けないからね」
「桜子~ありがとう!」
珠美はそういうともう心ここにあらずな状態で駆け出していく。
「ちょっと!珠美!!」
名前を呼んでも珠美にはまったく届いていなかった。
いつも何かとお世話になってる珠美のお願いをむげにもできず、かといってバイトのシフト変更ができるかも不明だった。
「服、何着ていけばいいんだろう?」
なんだかんだちょっとだけ楽しみな自分がいた。
上京して真面目に勉強もバイトも取り組んできた、1日くらい休んだって神様はきっと許してくれる。
男3人と女3人。見たことも食べたこともない料理が並んでいた。
珠美と一緒に私はついいに合コンデビューを果たした。
バイトには申し訳ないけど、仮病を使って休むことにした。
勤務態度のおかげか、逆に心配されて明日も無理なら大丈夫だから、といわれてかえって胸が苦しくなり明日は必ず行きます。といって夜のこの場へやってきたのだ。
料理も美味しかったし、雰囲気も素敵でお酒が入ると向こうの盛り上げ担当みたいな役割の人が分け隔てなく皆と話をしながら賑わっていた。
有名大学と聞いていたから、すごく堅物みたいな人達の集まりかと思ったけど、そうでもないらしい。
お酒の勢いもあったのか、珠美はすでにお目当ての人を見つけていた。
私はお酒は飲めないから、ノンアルコールを飲みながら料理を堪能していた。向こうにも静かな人が一人だけいたけどきっと無理やり私みたいに連れて来られただけかもしれない。
2次会は丁重に断って私は帰路についた。
思ったより楽しくてそのままシャワーを浴びて眠ってしまった。
翌日珠美はお目当ての相手とうまくいったのか朝から上機嫌でちょこちょこ携帯を開いては素早く返事をしていてなんだか忙しそうだ。
昨日休んだバイトに行って帰り道、久しぶりに書店でもよってみようとたまたま入ってみた。約に立ちそうな参考書とか新しいファッション雑誌とかを数冊立ち読みしながら店内を歩いていたら、見知った顔に出くわした。
文庫コーナーでひたすら本とにらめっこしている。真剣に読んでいるのか文字の沢山並んだ本に集中していた。
やっぱりそうだ、昨日合コンにいた人だ。
賑やかな周りに流されずにひっそりしていたのでなんとなく覚えていた。
突然本から目を離すと視線が合った。
私があまりにも見ていたので勘ずかれたのかもしれない。
「あの・・・昨日お会いしました・・・よね」
なにこれ?伝統的なナンパの言葉。自分で言って恥ずかしい。
開いた本を閉じると少し考えていたようだったけどすぐ思い出したのか
「あぁ、昨日の桜子さんだっけ?」
気だるそうな言い方、これが多分彼のスタイルなのかもしれない。
まさか、名前を憶えているなんて・・・有名大学は偏差値の高い大学なのは昨日の時点で知ってはいたけど本当みたい。
「そ・・・そうです、桜子です昨日はご馳走様でした」
「昨日は、僕が全部払ったわけじゃないから気にしないで」
「でも、お店も素敵だったし!料理も美味しかったです」
「それは良かった」
ふわりと笑った顔がすごく優しい顔で、その時父の笑顔を思い出した。
普段寡黙な父は趣味の話をするときは優しい笑顔で話してくれた。
「桜子さんも本が好きなの?」
急に話題を振られて我に返った。私いますごく変な顔してなかったかちょっと不安。
「い・・いえ、たまたま入ってみただけなんです」
「そうなんだ」
さっきの笑顔はどこにいったのかと疑いたくなるくらい真顔に戻っていた。
読書の邪魔をされて怒らせたのかもしれない。
そんなに真剣に読む本とはいったい何て本なんだろう?
邪魔してはいけないと思いつつも私はもう一度話しかけてみた。
「何の本読んでるんですか?」
「ドスト・エフスキーの“罪と罰”」
本のタイトルを読み上げた後、彼はまた本に視線を戻した。
このままここにいて邪魔するわけにもいかず私はその場を立ち去った。
“罪と罰”
読んだことは無いけど、その言葉がずっと頭から離れなった。
そういえば、名前聞くの忘れちゃった。
明日珠美にでも聞いてみようか、でもなんか変に思われるかもしれない。
珠美は今日もメールの返信で大忙しだ。
「珠美?ちょっと聞きたいことあって」
「桜子聞いてよ!この前合コンした彼と今度また会えることになっちゃった、しかも今度は2人でだよ!」
「そうなんだ、良かったね」
幸せいっぱいの顔、珠美になかではもうその彼と一緒になる設計図みたいなものが出来上がっているのかもしれない。
「桜子聞きたい事ってなに?」
流石は珠美。なんだかんだ私の事を忘れていなかった。突っ走ることも多いいけどちゃんと私の気遣いも忘れない珠美は父とはまた違った優しさで溢れてる。珠美が幸せになることは私のちょっとした希望でもある。
「あのね、この前の合コンの時左端に座っていた人の名前知ってる?」
「左端?だれかいた?」
珠美の眼中には存在してなかったらしい。それはそうだ、珠美は真ん中に座っていて同じく真ん中にいた珠美の意中の彼と随分盛り上がっていたんだから、左右なんてみるはずはない。
「私は覚えてないけど、よかったら聞いてみようか?」
「覚えてないならいいよ!わざわざ聞かなくても・・・」
「ふ~ん、桜子もしかしてちょっと気になってる?」
「そ・・・そんなんじゃないから」
「私に任せて!返信早いからすぐ教えてくれるよ」
そういう問題じゃなくて、他の男の名前をだして相手もいい気分じゃないんじゃないか?心配だった。せっかく珠美いわく上手くいきそうなのに、私のせいで台無しにしたらどうしよう。
私の心配をよそに返事はすぐ返ってきたらしい。
「名前は、え~と山本純也っていうんだって」
「山本純也さん」
「駅近くにあるあの大きい病院あるでしょ?あそこの息子らしいよ」
「そうなの?!」
「でも彼いわく・・・医学生じゃなくて文学専攻してるんだって」
「文学なんだ」
「もともと知り合いだからって理由で誘っただけみたい、文学ってちょっとね・・・なんか暗いイメージあるし、あんまりおすすめしないけど桜子が好きになったんなら私応援するよ!」
「私別に好きとかそんなんじゃなくて、たまたま本屋であっただけだし」
「桜子って、すごく顔にでるよね」
「た・・・珠美にいわれたくないよ」
「あははっ!言われてみればそうかも」
「もうっ!!」
「でも桜子、彼氏くらい作っていいんじゃないの?可愛い顔がだいなしだよ~」
可愛いなんて言われてドキっとした。しかも同性に。
珠美はけらけら笑いながらまたねといって去っていく。
可愛いなんて・・・可愛いは恥ずかしすぎる!!
たぶん今きっと顔が真っ赤になってるんじゃないかと思う。
今日の夜、またあの本屋に寄ってみよう、何故だか分からないけどまた会えるそんな気がしてちょっとワクワクした。
バイト終わりに本屋に着いた私は、ちょっと挙動不審。
凄く悪いことしますよ今からしますよ。まるで犯罪者のようだった。
彼にもしあったら何て話しかけたらいいのだろう?
いきなり名前で呼んだら不振がられるかもしれない。気が気でなかった。
居て欲しい、けどい居ないで欲しい。
廻りをきょろきょろしながら歩いていたら突然後ろから声をかけられた。
「桜子さん?」
「わっ!!や・・・山本さん?!」
しまった、つい驚いて名前を言ってしまった。
「僕の名前、覚えててくれたんだ」
「え~・・・と私看護学校行ってて病院の名前で覚えたといいますか・・」
全く答えになっていない。それどころか病院の息子だと知ってるなんて自ら墓穴を掘ってしまった。すこしキョトンとしていたけどすぐに分かったのか
「なるほどね」
理解が早くて助かった。救われた・・・
「今日は何か探しもの?」
「今日もバイト帰りにちょっと寄ってみただけなんです」
「桜子さん、バイトしてるんだ」
「はい・・・」
きっとバイトなんてしたことないに違いない。きっと住んでる所が違う人なんだ。病院の息子=金持ち。私の勝手な思い込みかもしれないけど、世の中の人なら大体の人はそう思ってる。
「バイトしながら学校行くの大変だね」
またフワッとしたあの笑顔だ・・・その笑顔は危険なの!その笑顔は私にとっていろんな意味で猛毒だ。
「バイト楽しいですよ、いろんな仕事できて勉強にもなるので、山本さんはバイトしたことありますか?」
「バイトはしたことないかな」
ですよね・・・きっとそうだ。だけどついはずみで聞いてしまった。
自分を呪った・・・
「もし今時間あるなら、少しお茶していきませんか?」
「は・・はい!」
急に敬語?きっと別世界の住人は人をお茶に誘うときはそれなりの言葉使いをするんだろう。ふと財布の中身が気になった、すごい高いお店だったらどうしよう。
場所は近くの喫茶店で、値段はリーズナブルなものばかりでホッとした。
私はミルクティーを頼んで彼はブラック珈琲をを頼んだ。注文のドリンクがくる間の間がなんとも言えない・・
さっきまで本屋にいた彼は今日も沢山の本を買ったのだろう。
横文字だったり縦文字だったり私には見たことない本がそこにある。
「山本さんは、本がすきなんですね」
「読書が趣味かな」
「おすすめの本とかありますか?」
「おすすめの本?」
「はい、あれば私も読んでみようかなって・・・」
「おすすめの本って言われても、人の読書はみんなちがうから・・・僕が好きで読んでる本を桜子さんが好きになるなんて思わないしね」
確かにそうだった。私の家には本という本は無かった。父も読書はしない方だったししいて言うなら図鑑くらいはあったような気がする。
そうこう思案してる間にドリンクが運ばれてきて、また話題に詰まった。
だから私は彼の好きな本、読んでる本について色々質問しながら聞いていた。難しい話が多かったけど本の話をしている時の顔は父の顔と同じで
なんだか居心地がよかった。
遅くなると危ないからと、早めに切り上げて喫茶店を出ると私達は連絡先を交換した。
メールが来ることはそんなに無かったけど、たまにするやり取りが楽しくて毎回顔がにやけてしまう。
珠美にはあっさり見破らてしまったけど、珠美も順調にいってるようで
勉強!バイト!恋!の生きる三要素が私の中に出来上がった。
山本君、私はもうその時山本君と呼んでいた。山本君はずっと桜子さんで
さん付けは外してくれなかった。
純也さんと呼んで酷く取り乱した私は結局山本君に落ち着いた。
山本君の家に行ったのは、出会ってすでに半年が過ぎた頃だった。
広い部屋にぎっしり本が並ぶ部屋。無駄なものと呼ばれるものはなくて
山本君の部屋なのか、本の部屋なのかどっちなんだろう。
たわいもない会話をして、山本君から本の話を聞いて遅くなる前に帰る。
それがちょっとしたデート。
私達は付き合うようになっていた。どちらからでもなくごく自然に当たり前にそうなることが決まってたみたいに。
3要素を元に頑張った私は無事学校を卒業して、それと同時に山本君と同棲することとなった。
一つ屋根の下で暮らすうちに彼と結ばれた。
同棲はどちらの親にも内緒だった。私が父に秘密を作ったのは初めてだった。山本君は大きな病院の息子だからきっと反対されるにきまってる。
看護師として働く私。
そのころの山本くんは、本を読む人から、本を書く人に変わっていた。
毎日毎日、ある時は朝方までキーボードを打ち続ける。書く難しさは私には分からないけど2人で生活するなら私の給料だけでもやっていけた。
山本君は、家にこもってる時間の方が多かった。どこか気分転換に出かけようとしてもまた今度にしよう。そればかりだった。
私も夜勤が入るときは疲れてぐったりすることもあったし、何もしないでひたすらキーボードと向き合っている山本君に多少不満も出てきた頃だった。
私の体に異変が起こった・・・
私は妊娠していた。
山本君に報告したらすごく喜んでくれて、私も嬉しかった。
「真面目に仕事探さないと駄目だね」
突然山本君はそう呟いて、それまで向き合っていたパソコンから離れていくようになった。
なかなか安定した職は見つからず、いろんな職を転々とした。
大きくなるお腹を支えながら、生活の為に私は働くしかなった。
山本君は産まれた時の環境からか、家事はまるでできない。
小さな不満が重なり合って私達は次第に些細なことで喧嘩することが増えていった。
我慢して我慢した日々だったけど、私の一言が山本君の何かを変えてしまった。
「山本君の家、大きな病院でしょ?家の援助受けれないの?」
「そんな事できるはずない」
「言ってみないとわからないでしょ。もう私たち2人じゃないんだよ?」
「わかってるよ」
「全然わかってない!山本君は私の苦しみなんてわかってない
変なプライドなんて捨てよ」
「プライド?」
「だって、私のことが恥ずかしいから言えないんでしょ?大きな病院の息子が田舎から出てきた私なんかと一緒になったことが恥ずかしいんでしょ!」
「そんなこと思ってないよ、僕は桜子さんのこと恥ずかしいなんて思っていない、これは僕の家の問題なんだ」
「小説家とか言って、ずっと書いたの私ずっとみてたよ?だけどいつまでたっても芽はでないし何の為に書いてるの?ただの暇つぶしなの?趣味なの?」
「僕はずっと小説家になりたかった、だけど桜子さんと子供も生れるしまともな仕事に就こうと頑張ってるんだよ」
「どこが頑張ってるの?仕事もまともにできない、家事もできない、私のほうがずっと頑張ってるよ!子供出来たから仕事探すなんて、最初から小説なんて書かないでまともな仕事してればよかったの!無責任だよ!生きてる資格ないよ!」
山本君は何も言い返さなかった。
“生きてる資格無い”なんてなんてひどいことを言ってしまったんだろう。
もう取り消せなかった。
後戻りはできなかった。
山本君はあれからぼんやりしてる時間が増えた。たまに体の心配をしてくれて、お腹を触って私の好きなあの優しい瞳で微笑んでくれた。
私が寝たふりしている時、小さな声で「どめんね」って繰り返すことが多くなった。
わけの分からない言葉を急に言い出すことが増えた。
私はきっと精神的な病気だと思って病院に連れて行こうとしたけど山本君は大丈夫だから。そう言って絶対行こうとしなかった。
光を拒絶するくらいの暗い瞳だった。そこの見えない暗い瞳だった。
私が壊したんだ。
私が山本君を追い詰めてしまったんだ。
またキーボードを叩くことが増えたけど、私はもう何も言わなかった。
もうすぐ私も産休に入ろうかという頃、普段使っているノートパソコンをパタンと閉じると山本君は
「しごとに行ってくる」
そういって家を出たのを最後に、山本君は自殺した。
生活は苦しいけど、私と山本君と産まれてくる子供と3人で暮らせるならどれだけ幸せか分からない。
なんで?どうして?
子供の顔も見らずに行ってしまったの?
山本君はやっぱり無責任だよ。
山本君の葬儀には人知れず参列した。親に内緒だったから私の事を山本君の両親は知らなかった。
珠美夫妻、珠美はあの後上手くいって彼と結婚し仕事と家庭を両立した珠美の描いた未来予想図、設計図、を確立していた。
珠美顔は見れなくてそのまま立ち去った。
父に連絡しよう。
そう思った時、たまたま父から電話がきた。
内容は結婚するという内容だった。
私は父には会えない・・・もう会えない。
仕事が忙しいからと理由付けて会いに行かなかった。
心から・・・心から思う。
「お父さん、結婚おめでとう。
私のぶんまで幸せに生きて欲しい」
時間をかけてゆっくり部屋の掃除をした。大きなものは無かったし
一つ一つ思い出を確かめるように。
山本君が最後まで使っていたノートパソコンにUSBメモリーが差してある。
そのまま抜いていいのか、分からなかった私は電源を入れてみた。
目に飛び込んできたのは、画面いっぱいの白い花だった。フォルダは一つだけあって他には何もなかった。

【花】
私は産まれた時透明な花だった
錆びた街の片隅に
荒れた野原の川岸に
孤独な森の奥深く
闇に染まって黒い色
嫉妬に染まって赤い色
涙に染まって青い色
桃色 黄色 橙色 紫色 水色
どの色に染まっても私に幸福は来なかった
ユラユラ漂う水面の上で
一の夜の夢も幻か儚く消える夢幻の一夜
白鳥が私の花弁に口付けをする
純心に染まって白い色

その時下腹部に激痛が走った私は、救急車に乗せられて病院へ搬送された。
産まれた子供は未熟児だった。予定日よりもずっと早く産まれてしまった。
私はどうやって生きていけばいいの。
お父さんに会いたいよ・・・
看護師さんが部屋に入ってくると私に産まれた子は男の子ですよって伝えてくれた。
私がいるこの病院は皮肉にも山本病院だった。
いつも優しい子の優と純也の也をとって、優也と名付けた。
父には結局知らせなかった。父が今幸せに暮らしているのなら充分だった。
優也と一緒に散歩している時だった
「ママ、僕この花のなまえしってるよ」
「優也いつの間に花の名前なんて覚えたの?」
「教えてくれたの」
「誰に?お友達?幼稚園の先生?」
「知らないおばちゃん、黒い服きたおばちゃんだよ」
まったく身に覚えはなかったけど、どこかで遊んでる時にたまたま聞いたのかもしれない。
もしかしたらテレビで見たのかもしれない。子供の記憶は曖昧だから。
優也の笑った顔は山本君にそっくりで、そして父にも似ていた。優也と一緒に死んでしまおうかと思った日もある。
山本君をあの時あそこまで思い詰めさせてしまった私の罪、それは一生消えない。
その罪を背負って生きること、生きぬくことが私への罰かもしれない。

【私】


私が久しぶりにあの人の顔を見たのは眠っている顔だった。
いつもの様に愛でても、笑っても、話しかけてもくれない。でも私は満足だった。
あの狭い空間からの別れは突然だった。そこに哀しさは無かった。
もう春に憧れる事も、周りを羨ましいという想いも全て断ち切ることができた。
今は私だけの小さな花瓶の中であの人の傍にいる。
もう私にも次の秋は訪れない。もうそれでいい。いくつもの秋を迎えた。次が来ない事など何一つ名残惜しさは無い。
私をここに連れてきたのが誰だか私には分からない。
私には秋桜という名前があった。
あの人が最も大切にしてくれた花だった。
私は今とても仕合わせです。

【晶子】


駅の改札を独りの女が通っていく。
大きな布で隠してるせいで、見た目は魔女そのものだ。
駅近くの大きな病院へ入っていく。
整形外科だ。
若い看護師が名前を呼んだ。
「舘島さん」
「タチシマ アキコさん」
女は席をたつと診察室へと入っていった。
                                                                          終わり


最後まで読んでくれた方がもしいたら、本当に感謝します。ありがとうございます。
もっと違うストーリーに仕立てたいし、書ききれないこととか、勉強不足だったり色々あります。携帯に残していた物を一旦乗せてみました。いずれはちゃんと書き直したいんですけど…
何しろ私は長文書くのが苦手というか持久力がまるでない、と思い知りました。古城零音

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