素顔の断片
ある仕事終わりの夕暮れ。
「紅夜」
朔隼に呼び止められた。
「どうしたの?」
紅夜はくるりと振り返った。毎日見ていても朔隼は美しい。銀髪が今は夕日に染まって金髪に見える。
「君の家だけどなぜ帝の護衛官をしていたのに全滅させられたんだろうね。もしそうではなかったら君は……冷雅と付き合っていただろうに。本当に憎いと思わないかい。私は君が苦しんでいるのを見るのが一番つらい。いや、憎いよ」
それを聞いて紅夜は涙腺がゆるむのを感じた。確かに天皇が月影家を滅ぼさなければ私(わたくし)はこんな苦労はしなかった。
「こんなにも憎いと思ったのは初めてかもしれない。天皇に関係する人々は信用できない」
そして朔隼は今にも泣きそうになっていた紅夜に近づき抱きしめた。
「君が傷つく前に僕が敵を薙ぎ払う。君は私の事が好きだろう」
甘く、蜜のように囁かれた言葉の重みで紅夜は首を縦に振っていた。
「それじゃあ、また明日」
朔隼が先に部屋を出ていった。紅夜はふと疑問に思う事がもう一つあった。
なぜ月影家が天皇の護衛官の家系だと知っているのだろう。
それに……なぜ私(わたくし)が盛った忘却薬が三年間続くものだと知っているのだろう。
羅貴は絶対に他言しないだろう。戸越しに聞いていたかもしれない。いや、防音性に優れた軍の施設でそんなことは不可能に近い。
紅夜は朔隼という人物についてのわかっていない部分が大きく広がっているのを感じた。
羅貴の部屋に向かう。
「失礼します」
と言って戸をノックすると羅貴が入ってくるよう言う声がした。
戸を開けると羅貴一人だった。
「紅夜、どうしたんだい」
蜂蜜色の髪がキラキラと光っている。
「朔隼について教えてくださいませんか?」
羅貴はあっけにとられた顔をした。
「どうしたんだい? 何かされた?」
紅夜は動揺していなかったし、怒ってもいなかった。
「ただ私(わたくし)が言っていなかったことを知っていたから。月影家の事と、薬の持続期間について 」
羅貴は目をギラリと光らせた。
「なるほど。今は動かないのが賢明な判断だな。朔隼がなぜ知っているかは確かに疑問だ。でも下手に探ってあの拷問屋の朔隼に何をされるかはわからない。あいつは確かに正体不明だが天皇陛下が選んだとして信用できる奴だと思われていた。父上を刺激するのはいいことじゃない。朔隼が僕が自分を疑っていると父上に報告すればただでは済まないよ。天皇を疑ったも同然だからね。それにしても紅夜、君も天皇の指示でここに入ったんだったね。じゃあ、朔隼と紅夜を入れたのは天皇。でも父上は今体調がよくない。と、言われている。僕が思うに裏で誰かが操っているに違いないと思っている」
紅夜は顔をしかめた。
「つまり、今は動けない。私(わたくし)は朔隼からより情報を引き出すことにします。そういえば冷……いえ、何でもありません」
紅夜は部屋から出た。
「偽りの仮面で笑うのはどっちだ」
と紅夜はつぶやいた。しかし……朔隼の細やかな気遣い。優しい言葉。私(わたくし)を守ってくれた強い後姿。ふとしたところで思いだしてしまう。私(わたくし)は朔隼の事が—————だろうか。
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