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長官会議

 次の日、仕事で朔隼に会わないよう必死に努力したがその努力もただの苦労に終わった。


「紅夜」
 冷雅と羅貴と歩いているときに急に後ろから呼び止められた。冷雅も羅貴もくるりと後ろを向いた。あの楽し気な声は朔隼だ。
「なに?」
 紅夜が振り返ると朔隼はにこりとほほえんでいる。
「髪飾り、使ってくれてるみたいだね。よかった」
 紅夜は思わず頭を手で触った。確かに髪を結んでいるところの上に飾りがある。無意識のうちにつけたらしい。
「えっ!朔隼と紅夜どこかに行ったの?」
 羅貴が急に反応した。冷雅も少し目を丸くしている。
「まあね。ちょっとしたショッピングをね」
 朔隼が羅貴に喧嘩を売るようにウィンクした。


「は?」
 羅貴は気品もどこへやら朔隼に詰め寄った。
「そのまんまだよ。だって私(わたくし)と紅夜は恋人同士だからね」
 朔隼が冷雅の横にいた自分を引き寄せた。引かれる手の強さに紅夜は少し驚いた。気づかないうちに後ろから抱きすくめられるような形になっていたことには少ししてから気づいた。香り高い香がふわりと鼻をかすめる。
「二歳下の女の子をいじめるなんて……許せない」
 羅貴がこぶしを握り締めた。
「どうせ、朔隼が紅夜と我々をからかっているだけなのでしょう」
 冷雅は冷静に言った。
「よくわかったね。さすが冷雅。でも紅夜が好きなのは事実だからね」
 と言うとパッと離された。
「君の嫌なことはしないからね。そろそろ離れてあげるよ」
 朔隼はそう紅夜の耳元に囁くと去って行った。


「紅夜!どういう事⁉」
 羅貴がすごい勢いで聞いてきた。
「いえ、ただ百貨通りで朔隼に会って、髪飾りを買ってもらっただけです。あと恋人同士というのは嘘ですね。まずまず会ってわずかの私(わたくし)に好意を持つなんてありえませんから」 
 羅貴がほっとしたように下がった。
「それはよかったよ。と言うかさ!朔隼が人を気に入るなんて天変地異だとしか思えないね」
 冷雅がその後を引き継ぐ、
「朔隼も身元不明で尋問能力を買われて入っているからな。確か天皇陛下直々のご指名で。女中が滅多に来ない牢の近くの事務所が与えられたのは女中たちが失神しないためだ。見慣れないうちは男も少しくらくらしたらしいし。あの美貌のせいでほとんどの女に声をかければ失神されるから紅夜のように声を返す人が珍しいのだろう。そろそろ飽きるだろう」
 冷雅は先に進むように合図した。
「ああ、そうだった。今から賊の目的を詳しく考えるのと対策についての会議だったよ」
 羅貴はポンと手を叩きながら言った。


 紅夜は思い出して言った。
「そういえばショッピングが終わった後で刺客が襲ってきました。朔隼が一瞬で始末していたけど」
 羅貴は興味深げに考えていた。
「それは、冷雅を襲った刺客と同じなのだろうか。それとも別?」
 冷雅がジッとこちらを見ていたので紅夜は顔が赤くなった。
「冷雅、何?」
 冷雅はふっと視線を外して、
「紅夜の技量ならあのロン毛に手伝ってもらわなくても刺客などすぐに始末できるだろう。その時何を?」
 冷雅に聞かれて紅夜は正直困った。髪に飾りをつけてもらっていたというべきだろうか。
「短剣が取りにくくて」
 紅夜が嘘をつくと冷雅はそのまま納得してしまった。
「それじゃあ、行こうか」


 羅貴が会議室に向かって歩き出した。冷雅が物憂げに前髪をかきあげ、ため息をつくのが見えて紅夜は少しドキリとした。何か考えごとがあるのだろうか。もしかしたら気になることがあるとか。いや、実は好きな人がいるとかでは?
 会議室に羅貴、冷雅、紅夜、朔隼、その他の長官たちが座っている。
「それでは今から会議を始める。朔隼と紅夜、刺客が来た時の状況を詳しく話してくれ」
 羅貴がキリリとした顔で言った。上司の顔をするときは冷徹なのになぜいつもはへらへらとしているのだろう。
「それでは紅夜から」
 羅貴が紅夜の方を向いた。紅夜は立ち上がった。


「はい。二条院様とホールに入った時に刺客が上の大きな梁から飛び降りてきました。その時、二条院様と私(わたくし)しかいませんでした。一人目は私(わたくし)が二人目は二条院様が、三人目は尋問用に残しておきました。以上です」
 紅夜が説明を終えると皆がうなずいたり、首を傾げたりしている。
「ついでに申し上げると尋問した刺客は廃人化していますよ」
 朔隼が言った。優雅に座っている。ふわりとほほ笑んでいるあの顔だ。
「もう何も申す事は出来ぬのですか?」
 一人の長官が聞いた。
「ええ、無理でしょうね。私の尋問能力をなめてもらったら困ります。廃人は廃人ですよ」
 朔隼が恐ろしい流し目で長官を見た。
「あの、申し訳ありません」
 視線に耐え切れずに長官が謝った。
「気にしてないよ」


 部屋の空気が五度ほど下がっていた。
「君たち喧嘩するなら外でしてきてくれないか?非常に邪魔だ。次は朔隼の番だろう。」
 羅貴がきっぱりと部屋の気温を戻しながら言った。
「はい。羅貴様」
 朔隼がサッと立った。

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