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危険な瞳

 部屋の空気が五度ほど下がっていた。
「君たち喧嘩するなら外でしてきてくれないか?非常に邪魔だ。次は朔隼の番だろう。」
 羅貴がきっぱりと部屋の気温を戻しながら言った。


「はい。羅貴様」
 朔隼がサッと立った。
「まずは、私と紅夜様が偶然会ってしゃべっているときに刺客の気配を感じたので始末しました。一人でした。比較的に弱かったですね。私が倒すのに一秒もかかりませんでした」
 ざわざわとまたざわめきが起こった。


「どうしてこんなにざわめくの?」
 冷雅に聞いた。
「まずは羅貴除く上司に対して様をつけるのなんて珍しい。それと朔隼が剣を抜くのも珍しい。基本的に文官に似ているな。刑部の尋問官長だなんてそうそう剣を抜かないというのがもっともな理由だが、剣を抜いた時には朔隼は悪魔だ。あまりの速さに誰も剣をとらえることは不可能とまで言われる」
 冷雅はそう説明してから机をバンっと叩いて皆を静かにした。


「冷雅、ありがとう」
 羅貴が会釈した。
「つまり、この四人はある程度まで強いようだね。朔隼の物差しで考えずに言っても、紅夜、冷雅。この二人の強さは皆が知っていると思う。その二人にかかってくるほどに自分の技に自信を持っていたという事がうかがえる」
 羅貴が軽く笑みを浮かべた。


「そうでしょうか。羅貴様。刺客は誰かに操られていた可能性があると思うのですが。それに、例えば紅夜様や冷雅が弱いと吹聴されていた可能性もありますよ」
 朔隼が言った。


「なるほどな」
 冷雅が横で呟いた。紅夜も理路整然とした朔隼の発言に驚いた。真剣な顔をして机に肘をついて手を組み合わせている朔隼はいつもふわりと笑っている朔隼と違う。紅夜は強引に自分の心臓がときめきだすのを感じた。

 会議からの帰り。
「紅夜、紅夜‼」
 冷雅に横から、話しかけられていた。
「どうしたの?」
 紅夜がふっと冷雅の方を向くと自分より高い位置にある冷たい目におののいた。
「いや、会議の時少しぼんやりしていたから大丈夫かと聞こうと思って」
 少し視線を外す冷雅の様子を見て紅夜は朔隼の言葉を思い出した。
『消えた人の思い出にすがるのは悲しみ以外ない。現実で思ってくれている人との思い出ほど人を勇気づけるものはない』
 冷雅は私(わたくし)のことを覚えていない。一緒にダンスパーティーに行ったのも……指輪をくれたのも覚えていない。
 しかし、だから何だというのだ。冷雅と同じ仕事場にいることができるだけで満足していたのに今では冷雅が忘れていることに怒っている。同じところにいるだけで幸せだったのに。急に欲が出てしまった。
「私(わたくし)は大丈夫よ」
 紅夜は偽りの笑みを浮かべた。
 そしてもう暗くなっている空に視線を走らせた。
「それじゃあ。そろそろ上がらせていただきますね」
 紅夜はそういって羅貴と冷雅のもとから速足で玄関まで走った。手荷物をサッと取る。いつの間にか走っていた。玄関ホール直前の曲がり角から急に朔隼が曲がってきた。急いで止まろうとしたが足元のじゅうたんが足にまとわりついてこけそうになった。
 体がふっと倒れる。しかし地面に着く前に朔隼に支えられた。
「危ないね」
 目を開けること自体に危険が伴ったが恐る恐る目を開けると予想通り美しい黒の目と目線があってしまった。
「その、ありがとう」
 そういうと紅夜は急いで朔隼の手から離れ駆け出した。


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