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百貨通り

投稿できていなくて申し訳ありません。また読んでくださるとうれしいです。

紅夜は目を覚ました。いつの間にか寝ていたらしい。起きて時計を見ると七時を指している。飛び起きて急いで軍服を着ようとしたがふと思い出した。今日は休みだ。
 


 紅夜は着替えて外に出てみた。帝都の百貨通りには驚くほどたくさんのものが並んでいる。
 小さな流行のアクセサリーから古風な簪まで、女の子が心ときめかせていた古今東西のものが一度に同じ場所にあるのだ。これでは財布のひもが緩くなってしまうのもよくわかる。


 紅夜はただぶらぶらと歩いていただけなのだが店の人から次々に声をかけられる。
「お嬢さん。このイヤリングはいかがですか?」
「あなたにはこの簪が似合いますよ」
「さぁさぁ流行の口紅の色はこの色ですよ」
 商人たちの様子が一変した。特に女性店員。魂が抜けたように紅夜を見ている。男性店員はわが目を疑うかのように紅夜を見ている——いや、紅夜の後ろを見ているらしい。


「やぁ紅夜。ここで会えるとはね」
 朔隼の声だ。耳元でとろりと囁かれる。
「朔隼。わざわざ後ろから話しかけなくてもいいんじゃない?」
 紅夜は心の準備をして振り返った。準備の成果か失神することはなかった。
「君を驚かしたかったんだけどね。僕と一緒にこの百貨通りを歩かないかい?」
 自分の顔を覗き込む朔隼のしなやかな銀髪が頬に触れた。そこに存在していないかのように軽く当たっている感覚はなかったがそこだけ熱く感じた。
「とにかくここからは離れた方がいいのではないかしら。店員さんが仕事ができなくなるから」
 紅夜が冗談交じりに言うように言った。本当は心臓がバクバク嫌な音を立てていて気付かれないように苦労していたのだが。


「わかったよ。君の望みなら」
 朔隼はくすっと笑った。いつもは括っている髪をといている上、シンプルなシャツとズボンが軍服と違ったナチュラルな朔隼の姿を見て、自分の死期が違づいてるのかと勘違いしそうになる。
「何か欲しいものがあったの?」
 朔隼に話しかけられていることに気づいた。
「いや、ただ見ていただけ」
 そういうと朔隼はふふっとほほ笑んだ。表情がほとんど変わっていないのに普通の顔から口角が一ミリぐらい上がるだけで破壊力があった。
「それじゃあ僕の買い物に付き合ってくれるかな?」
 一緒にいて帰るときには自分が廃人になっていないか心配になりながらうなずいた。
「よかった」


 朔隼の買いたかったものは意外なものだった。それは髪飾り、しかも髪をくくるものではなく髪につけるものだ。
「誰にあげるの?」
 紅夜が選んでいる朔隼に聞いた。
「誰かな」
 朔隼はサッと逃げてしまう。
 もともといた女性店員は失神してしまったので男性店員が店に出てきた。
「お客様、どのようなお品物をお探しですか?」
「ああ。少し来てくれますか?」
 というと朔隼が店員に耳打ちした。店員の顔が納得するような表情になった。
「了解しました。では、こちらはどうでしょうか」
 店員が出してきたのは髪に挿すもので簪のようだ。棒についているガラス製の花から房飾りがキラキラと長く垂れている。
「もう少し華やかなものでもいいよ。あとできれば房飾りは長さよりも目立つかで決めてもらえるかな?」


 店員は『華やか』と言う言葉に目がキラーンと輝いた。儲けられると思ったに違いない。でも結果自分がイラつくほどたくさんの商品を見せる羽目になった。紅夜ですら朔隼が何を求めてるのか全く理解できないのだが。
「いいのがあるじゃないか」
 朔隼が最後に店員が出してきた髪飾りを見て言った。店員の顔には安堵が広がっていた。
 紅夜も思わず手に取りそうになった。
「こちらは括った髪に挿すものでして、最近出回り始めたものです」
 横に長い飾りで、あまり大きくはないが青系統の美しい石が並んでいる。その両端に同じ長さで房飾りが付いている。銀の細い鎖にキラキラとした小さな石がたくさん付いている。


「これにするよ。紅夜、外に出てて」
 紅夜は朔隼が言う通りにした。今やっと朔隼が何をしようとしているのか分かった。
 紅夜はぎゅっと指輪を握った。こんな風に冷雅も買ってくれたのだ。
 朔隼が店を出てきた。
「髪留め持ってる?」
 朔隼が聞いた。紅夜は無言でいつも持っている黒い髪留めを取り出した。
「ありがとう」
 朔隼は器用に紅夜の髪をハーフアップにした。
 そして袋から何かを出して髪に丁寧に差した。銀の金具が自分の頭皮に当たるのを感じた。
「できた」


 耳元でささやかれた。振り返ると朔隼が妖艶で意味深長な笑みを浮かべて立っている。
「私の天使さん。それじゃ私はそろそろ帰るよ」 
 しかし次の瞬間、表情を厳しくした。紅夜も首筋に感じる殺気を感じた。

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