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優しい言葉は蜜より甘く
朔隼は戸の外で待っていた。
「朔隼。書類仕事に行きましょうか」
紅夜は暗い声で言った。朔隼は気遣うかのように肩に手を置いた。
「無理しなくていいんだよ」
朔隼の低くて美しい声が耳に優しかった。
「ありがとう。それじゃあ、行きましょうか」
紅夜は朔隼について行った。
朔隼は何も言わなかった。その沈黙が心地よかった。
「ついた」
朔隼がぱっと戸を開けた。一瞬鉄の香りがしたのは気のせいだろう。そしてあの香がまとわりつくように香る。
「ありがとう」
入るともうすでに書類の準備がしてあった。机に山のように置かれている。
「これは刑部長の役目で書類に印鑑を押すのとどこへ渡すか振り分けないといけないんだ。君には振り分ける方やってもらうよ。いい?」
紅夜はそういわれる前に席についた。考えごとをしなくて済むようにしたかったのだ。
「それじゃあ。私が印を押したのを仕分けてくれる?まずは死刑囚の書類と無期懲役囚の書類と有期懲役囚の書類と無罪放免の書類に分けてくれる?」
紅夜はすかさず箱を四つとってきて、並べた。
「それから誤字の確認も頼むよ」
朔隼はそういってから話し出した。
「言いたくなかったらいいんだけど、君のことについて少し教えてくれる?僕に手伝えることがあるかもしれない」
紅夜はハッと顔をあげた。朔隼は羅貴にいったことを聞きたいのだ。
「それは……ごめんなさい」
紅夜は朔隼の目を見ないように言った。まるで信用していないように聞こえると思ったのだ。
「大丈夫だよ。誰でも秘密は持っているものさ。秘密を持っているものほど魅力的だよね」
朔隼はそういって気にしていないようなそぶりを見せた。しかし、少し不満げなのを感じた。
「言えるところまでいうわね」
紅夜はなぜかそういっていた。少し寂し気な朔隼の目を見ているとつい口から洩れてしまったのだ。
「ありがとう。君の助けになりたいんだ」
朔隼はそういってからさらに書類を出してきた。
「仕事しながらのお話としようか」
紅夜は朔隼に渡された書類を見ながらうなずいた。
「さぁ初めて」
朔隼の声につられるように語りだした。
自分の事から始まり、今まで冷雅に思っていたことまで包み隠さず一部始終を話したのだ。しかし、一つだけ言わなかったことがあった。自分の家は帝直属の護衛官であることだけは話さなかった。
朔隼は聞き上手だった。うなずいたり、話を遮らずに同情してくれ、たまには怒ったように眉をしかめていた。その様子に紅夜はうれしくなった。
「で、今に至るの」
話し終わると書類がもうすべて整理し終わり、窓から見える空は暗くなっていた。
朔隼は顔をしかめていた。
「君は冷雅のために記憶を消した。三年間も忘れさせる薬なんて……なのに冷雅は怒るのか……愚か」
吐き捨てるような言葉に紅夜はビクリとした。と同時にふっと疑問がわいたがすぐに消えていった。
「君に対してじゃないよ。つい怒りが抑えられなくて。私の姫君を傷つける奴は私が許さないからね。どんな奴でも」
と言った朔隼の顔は驚くほど厳しかった。その様子がうれしかった。自分に同情してくれる。自分の事を考えてくれる。
「我が姫君。私(わたくし)にあなたを守らせてください。私はあなたのknight(騎士)ですから」
と完璧な発音と共に言われた言葉は優しく紅夜を包み込んだ。
紅夜はそれからは朔隼と仕事をしていた。冷雅はまともに目を合わせてくれない上、自分を避けているようなのだ。
しかしあまり紅夜は悲しい気持ちにならなかった。朔隼が色々と気遣ってくれるからである。
その上、羅貴も何かと暇な時は朔隼の部屋に来て、一緒に話したりしてくれた。自分がみんなに甘やかされているような気持ちにもなったが、今はそうさせてもらおうと思った。
ある仕事終わりの夕暮れ。
「紅夜」
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