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すべてを統べるものの器(5)

「素晴らしい試合だったよ。そう思うだろう」
 と羅貴は周りにいた軍の兵士たちを見回した。温かい拍手をしながら頷いていたり、ぶつぶつ呟きながら首を横に振っている者もいた。
 その様子を見て羅貴の表情が変わった。


「好みを聞いているのではない。技の良しあしを聞いている」
 羅貴の声が今まででは想像できないほど冷酷になった。顔は笑っている。
 途端に兵たちは跪いた。
「申し訳ありません。確かに技としてはどのような戦いにおいてもみられることがない動きの連続でした。あまりにも速く我々の目で追う事が難しい箇所も多くありました」
 中年の兵が言った。


「だから、良いと思うのか悪いと思うのか?」
 羅貴は先ほどと変わらずの冷たさで聞いた。目は笑っていない。
「その、はい。技としてはとても——とても」
 冷雅はため息をついた。この兵は今羅貴がどのような答えを求めているのか模索中なのだろう。紅夜を肯定すべきなのか否定すべきなのか。本当は今羅貴は思っていることを正直にいう事を望んでいるのだが。
「———その……故によいと思います」
 羅貴の目が一層冷たい眼光を放った。表情の中の柔らかさが一気になくなったという感じだ。


「つまり、つまりだ。お前はこの動きを認めるという事だな。今から暗殺者のような動きをして軍として戦えと命令すれは真摯にそれを励むというのだな」
 兵たちの顔に脂汗が浮かんでいた。
「それは……その……」
 冷雅は羅貴の顔をみて思った。
『羅貴が尊敬される理由の一つはあの優しくて軽い態度の奥にある、底知れない観察眼。そして兵たちに求める正直さに対する態度だ』
 すると隣で兵と羅貴の様子を傍観していた紅夜が独り言のように冷雅に言った。
「すべてを統べるものの器ね」
 冷雅は何も答えなかったが紅夜に賛成していた。


「私が思ったのは軍が暗殺者の動きを真似するなど軍としての誇りが許すでしょうか」
 兵が羅貴にずっと見つめられてやっと決心がついたらしく言った。
「なるほどね。君みたいな古株はそういうだろうね。ありがとう参考になったよ」
 羅貴は表情を一気にやわらげて先ほどのようなふわふわした笑みに戻った。


「じゃあ早速だけど、紅夜」
 羅貴は紅夜の方に向き直って言った。
「はい」
 紅夜の優雅な礼に冷雅以外の兵も目を丸くした。
「冷雅に軍としての戦い方を習ってくれ。君がいうに『表』としての戦い方も学ぶべきだろう」
 紅夜はすぐに
「了解しました」と答えた。
 冷雅は紅夜が少し疲れ気味であることを感じた。
 確かに尋問を二日間続けて、先ほど神経をすり減らすような試合をした後だ。


「桔梗宮(ききょうみや)様。そろそろ紅夜を寮の部屋に案内した方がいいのではないでしょうか。夜も更けてきました」
 冷雅の言葉に紅夜は顔をパッとあげた。
「ああ。そうだな。冷雅教えてやってくれ」
 羅貴が言った。
「御意」
 冷雅は礼をしてから紅夜についてくるよう合図した。
「失礼します」
 暗殺者とは思えない優雅な仕草に何故か既視感を覚えた。

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