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暗殺者と軍人の違い(4)

「殿下。私(わたくし)はサーベルよりも短剣の方が得意なのですが短剣でもよろしいでしょうか」
 羅貴は少し驚いた顔をして紅夜を見た。しかし
「そうなんだね。紅夜ちゃん」
 羅貴もにこりとして言った。紅夜は『ちゃん』付けされたことに目をしばたかせているようだ。
「ちゃん、などつけないでください」
 紅夜はそういうと冷雅の配下が持ってきた短剣を見て言った。
「いい剣ですね」


 すると今度は冷雅が
「私はお前を許していない。本気で戦う。私を見くびるな」
 とサーベルを構えながら言った。
「わかっています。それでは始めましょうか。紅の夜を」
 紅夜は不自然なまでに余裕のある笑顔を浮かべた。
 一礼してから紅夜は短剣を滑らかに構えた。流れるような動作だ。短剣を構えると言っても剣を構えるようにしっかりとした型があるものではない。しかし紅夜の動きはまるで型があるかのような厳粛さと自由で使う必要性に適応した合理性を兼ね備えていた。


「はじめ」
 羅貴の声が響いた。
 冷雅は目の前にいた紅夜がいなくなったので眉をひそめた。刹那の間にどこへ消えるというのだろう。その時ふっと後ろから殺気を感じた。わずかにだったが首筋を狙う目線だ。
 素早く振り向きサーベルで短剣の刃の先の方向を変えた。紅夜の顔が見えた。にやりと笑っている。
「優秀」
 そう呟く声がした。冷雅は少しイラっとした。どうしてこの女が優秀かそうではないかを決めるのだろう。いつもならどんなに挑発されようと眉一つ動かさないのになぜかこの女に言われると集中できなくなる。冷雅は紅夜が後退しているのをみた。

すっと影のように存在感を極力なくして下がっている。まるで冷雅が自分の考えにぼっとうしているのを見計らっているかのように目をうかがっている。
「まさに暗殺者の戦い方だな」
 冷雅が挑発するように紅夜に言った。羅貴が興味深げにこちらを見たのを目の端でとらえた。いつもなら冷雅は戦うときは恐ろしいほどに無口だった。普通は雄叫びをあげたりするはずなのに冷雅は不自然なまでに無口だった。つまり相手に話しかけるなど論外の域なのだ。敵、同僚にもつけられた通り名は『音なく狩る死神』だ。


「暗殺者と軍人の違いは表と裏の違いだ。この違いは大きく見えて非常に小さい」
 紅夜は短剣をくるりと手で回しながら言った。
「それではお前がいう表と裏の違いはどういうものだというのだ」
 冷雅は思ったことを言葉にした。今度はこちらが攻める側だ。
「それは決まっている。軍人は敵を倒した戦果がほとんどの場合民衆の得となる。私(わたくし)がする殺しは一人、及び特定の団体が得する。表は多数の得になることという事だ。裏は——」
 紅夜は冷雅が長いサーベルで短剣を持つ手を狙ってきたのでやむを得なく後退せざるおえないようだった。


「——裏は、一部の人が得することだ。裏表どちらかが正しいかはその時によって変わる。軍人と暗殺者はただ仕える相手が違うだけだ」
 紅夜は後退を続けながら言った。
「それでは本質的には同じという事か?」
 冷雅はそのまま紅夜を後退させながら言った。
「それは私(わたくし)が決めることではない」
 紅夜はそっと笑うと後ろを軽く見てさらに笑みを深くした。壁だった。
 壁なのに笑う人を初めて見た。
「でも、私(わたくし)が考えたことは暗殺者はいささか狡猾であるという事だな」


 紅夜は冷雅の肩を支えにして、壁を蹴り、冷雅の後ろに飛び込んだ。剣で刺すにはサーベルが長すぎる。紅夜の短剣が冷雅の喉に突きつけられた。
「ほぉ。やはり優秀だ」
 紅夜の腹に冷雅のサーベルが突き付けられていた。
「優秀かどうかお前が決めることじゃないだろう」
 冷雅は冷淡に言い放った。


「その通りと言いたいところだが武器をもう一本持っているとは思わないだろう」
 紅夜は懐から針を取り出した。それで目をついたら致命傷になる。
「はい。そこまで」
 羅貴の声がした。冷雅も紅夜も羅貴の存在を忘れていた。

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