見出し画像

尋問 (2)

「冷雅。今日もモテモテだったそうだな」
 蜂蜜色の少し癖のある髪の青年が、事務所に入ってきた二条院こと冷雅をみて言った。この人こそが天皇家次男、桔梗宮(ききょうみや)羅貴である。
「いえ、ただ罪人を護送しただけです。他人が何かをいうのは関係ありません」
 冷雅は軍服の襟元を正しながら言った。
「へぇ~女の子たちに黄色い声をあげさせてたのにね」
 羅貴はにかっと茶目っ気たっぷりに笑った。


「それよりあの罪人の紅夜ですが私が尋問したらいいでしょうか。普通なら即、死罪ですがあいつは強盗の頭領だと予想されていますから、情報をもっている可能性が非常に高いです。拷問だろうが何だろうがして吐かせます。それでよろしいですね」
 羅貴はあきれたように天を仰ぎながら、
「勝手にしろ。でも冷雅に尋問される方もかわいそうになってきたよ。まあ彼よりは優しいけどね」
 上司と部下の会話にしてはだいぶ親しげだった。


「あいつと同じにしないでください。あれは人権侵害のレベルですから。でも今回は少してこずりそうですね。捕まえたときに口の堅さを見ようとサーベルを突きつけたのですが、軽くサーベルを見て、低い声で「勝手にしな」と言ってきたものですから、拷問だろうが何だろうが吐かせるのには非常に時間がかかりそうですよ」
 冷雅はサラサラの前髪をかきあげながら言った。普通なら天皇家の次男の前でそんなくつろいだ真似はできないが冷雅は羅貴の幼馴染で思ったことを率直に言える仲だった。しかし、冷雅は公私混同しないよう気を使っており、いつも敬語になるのを羅貴に指摘されても敬語を突き通すのだ。
「僕も見に行くよ。また一区切りついたら言って。あと冷雅、二人の時は敬語は無しにしろと言ってるよね?今日は帰れそう?帰れたら家でするパーティーに来ない?」
 羅貴はいつも通りの軽い口調で言った。
「多分今日は泊まりになると思うので結構です。それではまたお呼びします」
 冷雅はテキパキと言うと一礼して去って行った。

「問う!お前らが潜伏している場所はどこだ」
 冷雅はすごみの効いたひくい声で言った。周りにいた獄吏たちもビクッと震えるほどの迫力があった。
二日にわたった尋問だ。しかしこの女、紅夜には冷雅の鋭い声に対する恐れも二日にわたっている尋問への疲れも感じないらしく、椅子に縛られながらもかすかにほほ笑んでいる。まるで椅子が王座であるかのように優雅に座っている。


「私(わたくし)らと言うのはどういうことかしら。私(わたくし)の仲間という事かしら?」
 冷雅はあっけにとられた「私(わたくし)」などを使うようなものには見えなかったからだ。しかしやっと相手が口を開いたので、すかさず、
「そうだ。答えろ」と言った。
「知らぬ」短い答えだ。
「なぜ知らない?お前は賊たちの頭領のようなものだと捕まっているお前の仲間たちが直訴しているが?」
 冷雅が落ち着いた口調で言った。獄吏たちには紅夜の周りに罠が張り巡らされて行っているような感覚をおぼえた。
「私(わたくし)の仲間?面白いことを言うのね。捕まった者たちは勝手に私(わたくし)を頼っていただけなのでしょう。作戦を持ち出して来たりと色々すり寄ってきたのは覚えているが、私(わたくし)の仲間ではない。私(わたくし)の住処は帝都のはずれの有名なぼろ屋敷だ。罠など仕掛けていない」
 意外なほどにすらすらと言ったので冷雅は紅夜が情報を渡して死罪を免れようとしているのではないかと思いついた。しかし死罪になると今言って何も話さなくなるのも困る。そのまましゃべらせておくことにした。
「私(わたくし)が知っている賊どもの住処は比較的に皆が寄り付かぬ墓地の近くにあることが多い。皆さんはよく山を探しているが山などに建てたら情報もろくに聞こえないだろう」
 紅夜はなんて馬鹿なの、と言ったニュアンスで言ったので獄吏たちはバッと立ち上がった。拳を握りしめているのがわかる。
「待て。いいだろう確かに情報は大事だ。 賊どもの場所の把握ができるな。それでは判決を下す」
 冷雅は紅夜が分かっているようにほほ笑んでいるのを見た。
「罪人、影月———」
 冷雅が少しの間言葉を止めた。何故かこの苗字には頭の中がくすぐられるような感覚を覚える。しかし無視してそのまま続けた。
「紅夜。罪状、国家議員暗殺。判決、死ざ——」
「待った。冷雅」羅貴だ。堂々と牢に入ってくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?