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仮面の裏は

朔隼は手に残る紅夜の体温を感じた。我ながらうまいタイミングで飛び出せたものだ。


 あの愚かな女がどこまで自分の策にはまっていくかわくわくしてしまう。愚かで何もしらない。いや、知っていることが曖昧なのだ。しかも惚れやすいときている。それはこの私が美しいからかな。


 朔隼はにぃと口角をあげた。髪をかきあげる。
 演技というのは奥が深い。非常に面白い。我ながら今回の相手をはめた演技は素晴らしいものだという自負がある。


「美しい人だね」
 と言って虚空に紅夜の顎を指で撫でる真似をする。
「そして愚かだ」
 朔隼はそう呟く。そしていつもの笑みを顔に張り付け、歩き出した。


 そろそろ次の計画に移った方がいいだろう。次はどうしてやろうか。
 朔隼はそう考えていると進行方向に困惑した顔で話している羅貴と冷雅を見かけた。こいつらも騙されている哀れな人たちだ。


「こんにちは。どうかなさいましたか?」
 朔隼がほほ笑みかけると冷雅と羅貴はふっと振り返った。
「朔隼!紅夜を見なかった?なんか定時だからって言って帰っちゃったんだけど」
 羅貴が慌てたように言った。羅貴は上司という顔をするときは非常に攻略しにくい。しかし、恋に目がくらんでいる間は全く無害だ。
「知りませんね。そういえば外へ駆け出すのを見ましたよ」
 冷雅は顎に手を当てた。


「つまり、もう外という事か。朔隼。紅夜に何もしなかっただろうな」
 冷雅。二条院家の一人息子。真面目で冷静、人に何かを言われてそれをすぐに実行するような達ではない。別の言い方をすると頑固だ。そして冷雅には消された記憶がある。いつこの箱を開けてやろうか。記憶を解いて、冷雅はきっと消した紅夜に怒るだろう。そして月影家について調べる。それから天皇に殺される。いや、私に殺される。簡単なことだ。


「私はそろそろ事務所に戻って帰る準備をします」
 朔隼はそういうと二人の前を去った。
 そして向かったのは自分の事務所。


 いつもの香がふわりと香る。その濃艶は香りを楽しみながら朔隼は椅子に座る。
「紅茶を持ってきてくれないか?」
 朔隼はそばにいた女中ではなく下男に言う。下男しかいないのも天皇の妙な配慮だ。


「はい」
 下男はおびえるように下がって行った。火影家の使用人だ。火影家ではほとんど朔隼が当主だ。だからかもしれないが、下男たちはいつも怯えている。
 下男が戻ってきた。


「天皇の様子は?」
 朔隼がふっと目を閉じる。紅茶の香りがサイドテーブルから立ち上っている。
「さっさと言ってくれないかな」
 下男はブルブルと震えていた。そして
「そ、その……え、えっと……」
 とまだ言えないでいる。
「君は話せないのかな。仕方ないな。君の命を消す機会をくれるつもりかい?」
 朔隼はそっとサーベルを抜きながら言った。
「あ、はいっ。あの……だいぶ錯乱していました。誰にもばれていないと思います。天皇家の誰にも気づかれていないでしょう。ただ具合が悪いだけだと思われているようです」
 だいぶ早口になりながら下男はいうと去っていこうとした。


「そうかいそうかい。それじゃあ様子見の必要はないね。で、紅夜の監視はどうなっている?」
 下男はまた話しかけられたのでびくびくしながら
「順調です。紅夜様はただいま寮の自室にいらっしゃるご様子です」
 と言った。
「それじゃあ、明日か、明後日ぐらいに天皇主催のパーティーでも開かせようかな。そろそろ次の計画を実行しなくてはいけないからね」
 朔隼はそういうと笑いながら下男に近づいた。


「ねぇ。もし私がこんな風に紅夜の顎に指をかけたらどうなると思う?」
 と言って震える下男の顎を触った。愛おしい人を愛撫するかのように指を顎に添わせる。ビクリと下男の顔が引きつる。つぅと指を走らせると痙攣するかのようにピクピク震える。
「あの……はい。紅夜様は必ずや虜になるかと」
 あまりにも震える様子が痛々しいので朔隼は手を離した。

「それじゃあ最後に紅夜にピッタリのドレスでも作らせておいてくれ」
 下男は勢いよく頭を下げてから急ぎ足で去って行った。


「防衛本能が強いね。最近の使用人は。紅夜の方がよっぽど無防備で操りやすい。でもどうしたことかな。冷雅のことを私の前にいても気にするとは。気に入らないね」
 朔隼は独り言をつぶやく。
「気に入らないか。いい表現だ。今の気持ちにピッタリ。そうだ。今私は気に入らないのだ。さて私を満足させるにはどうしてくれよう」
 朔隼はパーティーでの計画を考えた。
 目を閉じる。

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