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夢に落ちる

踊っているとふっと頭の中にある映像が浮かんできた。このホールで誰か知らない女性と踊っている。親し気に顔を近づけている自分が見える。自分にも珍しい笑みを浮かべている。女性の方は顔を赤くしてほほ笑んだ。……どこかで見た顔だ。誰だ?青のドレスを着て……黒髪、鋭い目の……


「冷雅。どうしたの?」
 自分が頭の中で見た映像のように紅夜に口づけせんばかりに近づいているのだ。ふっと紅夜の顔を見ると先ほど映像で見た女性と瓜二つであることに気づいた。


「冷雅?」
 紅夜の声がまた耳に届く。
「ああ。すまない」
 冷雅は曲が終わった瞬間、紅夜から離れて歩き出した。羅貴があの美女と手を取り合って話している。


「羅貴。少しいいか?」
 羅貴は心底名残惜しそうに令嬢の方を見て
「我が麗しの姫君。しばしの別れだよ。また来るからね」
 とまるで映画のワンシーンのように言ってから冷雅の方に来た。
「どうしたんだい?」
 羅貴が少し真剣な顔をして言った。
「さっきおかしなことが起こったんだ」


 冷雅が事の次第を話すと羅貴は爆笑した。
「これはあれだよ。えーっと市民の言葉でなんていうんだっけ?言っても怒るなよ。むっつりスケベなんじゃないの?多分冷雅は紅夜に愛の口づけするのを妄想しててそれが本当に実行しそうになったとか!」
 冷雅はサーベルを抜きそうになった。ついでに言えば羅貴を二三かい串刺しにしたい気分になった。


「ごめんごめん。でもさ、そういう妄想だったんじゃないの?」
 羅貴は後ずさりしながら言った。
「いや、急に頭に映像が現れて。前から少しおかしかったんだ。少しふっと意識が飛んだり、何かの映像の一部が見えるというか……そんな感じが」
 羅貴は真剣な顔に戻った。
「これは極度のむっつりスケベのご様子ですな。冷雅殿、一度医者に行っては?」
 羅貴が言った次の瞬間にも羅貴が生存できたのは紅夜が走り寄ってきたからだろう。


「冷雅?殺気がすごい伝わってきたんだけど、どうしたの?」
 紅夜は警戒するような目で羅貴を見た。
「いや~ね。男同士のお話さ。それでちょっと冷雅が怒ってさ」
 取り繕う羅貴に冷雅はさらに殺気を込めた目で見た。


「わかりましたけど。羅貴様、冷雅を怒らせない方がよろしいですよ」
 紅夜はそういってから冷雅の近くに寄ってきた。紅夜の目をジッと見た。瞬間。
 ドックン
 自分の心臓が大きな音を立てた。そして視界が真っ暗になった。自分が倒れそうになったのは覚えていた。そして紅夜に支えられた。そして……気を失った。

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