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本性

「こちらです」
 征牙はそう言ってまた、黒色の扉(取っ手がない)の前に立った。そして手を当てる。
「私以外がこれをすると手が焼けただれます。さあ、どうぞ」
 そして戸が開いた。

 孤蝶は一歩足を踏み入れた。慎重に何かあってもすぐ対応できるように銃もひそかに持った。
「そんなに警戒しなくても結構ですよ。私たちはあなたを捕虜として監禁したいだけです。すぐに殺しはしません。あなたを殺せばそれなりの代償が回ってくる。だれでもわかります」
 征牙はそう言って笑いながらついてきた。

 絨毯が足音を殺していく。部屋はなかなかセンスが良かった。黒を基調とした部屋で、座り心地のよさそうなソファ、天蓋付の黒のシーツのベッド。机や奥にはバスルームまで完備しているようだ。
「必要な物があればお申し付けください」
 征牙はそういうとお辞儀をした。孤蝶は素早く短刀を取り出した。征牙が顔を上げる。銀の光が征牙の首筋で留まる。

「で? 私に何を望んでいるの?」
 孤蝶はそういって征牙に近寄った。
「これはまた……」
 征牙は面白がるように手を口に当てた。ナイフは彼の首筋に押し付けられているがまだ血は流れていない。
 孤蝶はニタリと笑う。
「さっさと本性を見せた方が身のためよ」
 征牙の表情が消える。
「身のため? これまた面白いことを言う女だな」

 そして次に征牙の顔に宿ったのは、ひねくれた、嘲り笑うような表情だった。口調が別人かと思うほど変わる。
「それでは優雅な紳士の物真似はこれまでにしてやろう」
 孤蝶は警戒するようにナイフを強く押しあてた。
「怯えるのも大概にしろよ。子猫ちゃん」
 征牙のネタ晴らしをしたペテン師のような表情が白い髪と白い肌によってさらに露骨に見えた。孤蝶は頭の先から足の指先まで征牙に集中していた。
「子猫は子猫らしく……」

 征牙はそう言って孤蝶の耳に触れた。耳にゾクリと悪寒が走る。すると孤蝶は目にもとまらぬ速さで征牙の指を切った。本当は人差し指がなくなるはずだった。しかし、征牙も電光石火の速さで手をひっこめたせいで長い傷しか作ることができなかった。

「痛いじゃないか。まあ、いいだろう。そろそろお前も本性を出せばいい」
 征牙はそう言って、素早く部屋から出ていった。孤蝶は肩で息をしていた。

 征牙は指から流れ出る血を見て、かすかに口角をあげた。なかなかいい切れ味の小刀だった。それに対してあの孤蝶……怯えるというよりも、警戒。小刀と違い自分の切れ味だけで勝負しに来ているわけではない。
「征牙様」
 副首領の鋭針が話しかけてきた。

「なんだ?」
「誠にあの者どもを孤蝶が指定した方法で殺すのですか?」
 征牙は目を閉じた。
「無論。そうでもしないと血濡れの蝶がまたしてもやってくるだろう。前回は幹部のみだったがあれが部隊で来ると相当の戦力だ。もちろん血濡れの蝶が分かるようにさらし首にしろ」
 鋭針はためらうように再度聞いた。

「あの者どもも今までの功績が……」
 征牙はゆっくりと目を見開く。
「だから? 我々に必要な構成員は優秀で傍若無人なものではなく、ある程度才能があり適応能力が高く……」
「品位のある者」
 鋭針が続けた。
「わかっているだろう」
 征牙はそういうと立ち上がった。

「孤蝶の事は孤蝶様と呼べ。仮にも一組織の首領だ。あとで何かあったらたまったものではないからな」
 鋭針は静かに頭を垂れた。
「わかりました」
 そのときに少しだけの反抗を感じた。蛇のような目がこちらをチラリとうかがう。
「下がれ」

 孤蝶はゆっくりと部屋を見て回った。きちんとした部屋だった。特に監視カメラにあるわけではない。孤蝶はソファに腰かけ、コートを脱いだ。シャツの首元を緩める。ロングスカートのスリットの間から足を出して組む。スリットが広がってギリギリ太腿が見えるか見えないかの所だった。

 孤蝶は一人でコートの胸元に光る蝶の刺繍を撫でた。蝶はシャンデリアの光にきらりきらりと銀と金に輝いた。このそっと孤蝶は目を閉じる。ソファは座り心地はよかったがいつもの場所ではないという事で体が緊張しているのだった。

 にしてもあの征牙。なぜ急に荒っぽい口調になったのだろう。いや、もとからあのような性格だったが初めは偽っていただけか。征牙の最後の言葉には驚かされた。

『俺もお前の本性を知っている』
 私の本性を知っている? 本性とは自分のどの部分を指すのだろう。マフィアの首領の私。高校の私。非武闘派のマフィアの私。

 自分でもわからない。征牙はなぜ監禁をしたのだろう。いづれにしても血濡れの蝶がここに襲撃にくるのに……わからない。彼は、なぜ?


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