はじめて借りた私の自由の城(なお、籠城)

はじめて借りたその部屋は、毎朝気持ちの良い朝日で目覚められるそんな日当たりの良い部屋でした。

断崖絶壁の山の斜面をそのまま住宅街にしたような場所で、目の前を遮る建物おろか、地平線が自分の部屋から見えるようなその部屋から、私の新しい一日は始まります。いまでも大好きなその部屋のいいところは日当たり。


そう、日当たりだけ。


家賃5万。最寄りの駅なし。バス停のみ。そして大学までバスで30分。街なかに行くバスは、30分に1本。一番近いスーパーまで徒歩で往復90分(バスはなし)。近くのコンビニはいつでも品薄。バイト先までは1時間。


なぜそんな部屋を借りたのか、理由は割愛しますが、ナチュラルに籠城できて、ナチュラルに俗世と切り離される。そこは私が大学生になって実家を出て、はじめて手に入れた自由の城でした。


そんな不便なアパートでも、そこで私は大学生という自由を知り、自分がどんな人間なのかを考え、自分の弱さを見つけて、大切だと思っていたのに実は自分の足かせになっていたものを知り、本当に大切なものを手に入れました。


今住んでいるところは、地下鉄も、スーパーも歩いてすぐで、何一つ不自由のない立地ですが、目の前にはいくつものマンション、日当たりはそんなに良くないそんな、当時とは正反対の物件です。


当時は不便で不便で仕方がなかったけれど、その不便さが自分と向き合う時間をたくさんくれたのだと思います。

はじめての自炊、はじめての飲み会、はじめてのアルバイト、はじめての好きな人と一晩中一緒にいられること。私が大学生になって体験したすべてのはじめては、あの絶壁に立つ日当たりだけが売りの部屋に降り注ぐ朝日からはじまっていたのです。


戸惑うことが多い新生活で、毎朝私に勇気をくれていたのは、今の便利な部屋ではなく、あの不便で日当たりがいい部屋です。


ありがとう。もう住んでないけど。

ありがとう。でももうほんの少しだけ、交通の便がよくなるといいね。


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