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超短編小説集

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短くて、意外な結末。全力投球の厳選ショートショート集。
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#ホラー

ピアニスト殺人事件

胸に包丁が突き立てられた遺体を前にして、二人の男が言い争っている。若い警官は首をひねり、素行の悪そうなほうの男に問いかけた。 『つまりあなたがこの屋敷に来たときには、すでにこうなっていたと』 「だからそう言ってるだろ」 男は派手な金髪をかきあげながら興奮気味に答えた。「親父は死んでて、部屋はこの有様だ」 「嘘をつくな」 もう一人の男がシワひとつないワイシャツの襟を正しながら口を出した。「ぼくが階段を降りてきたとき、お前、父さんの傍に屈んでなにかしてただろ。財布でも盗ろうと

イツキくんの嘘

引っ越して3ヶ月が経った。新しい学校にもずいぶん慣れたのだが、ひとつだけ気になっていることがある。 いつもサッカーをやっている公園から家までの間に、天堂病院という小さな病院がある。赤レンガで囲まれた敷地内には、診療所のほかに立派な自宅も建っていて、その二階の窓辺にいつも男の子の姿が見えた。 気になっていることというのが、その男の子だった。 黒くて大きな丸眼鏡をかけ、肌は人形みたいに白い。いつ見ても、背を起こしたベッドのうえで本を読んでいた。最初に目にしたときはなんとも思

出るはずのない電話【小説】

穏やかな午後。近所のカフェ。 窓際の席に座る男性が目に付いた。脚を組んでコーヒーを口に運ぶ気取った仕草が夫に似ている。顔立ちもどこか夫を思い起こさせた。ほら、あの無駄にキリッとした眉なんてそっくりじゃないか。 その存在だけで、午後のティータイムを台無しにするには十分だった。嫌な思い出ばかりがふつふつと頭に浮かんでくる。 じろじろと見過ぎたようだった。わたしの視線に気づいて、男が顔を上げる。わたしはすぐに目を逸らした。不審に思われただろうか。わたしは両手で包むようにカップ