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自分の身体をありのままに愛する「ボディポジティブ」「ボディニュートラル」の考え方

前回は、肥満恐怖症・ファットフォビアについて紹介しました。社会的にも、個人的にも、太ることへの嫌悪感にはまだまだ根深いものがあると感じさせられました。

本日はその後編として、自身の体型を受け入れるためのボディポジティブボディニュートラルという2つの考え方についてまとめてみました。記事の後半では、ファッションデザイナー・津野青嵐さん『「ファット」な身体』というエッセイについても紹介しています。

前回の記事は、下記のリンクから読めます。


ボディポジティブとは?

ボディポジティブとは、「自分の身体をありのままに愛そう」という考え方です。ファットフォビアをはじめとした体型に対する”理想”に支配されず、太っていても、痩せていても、ありのままの自身の体型をポジティブに受け入れようという価値観です。最近は体型のみならず、傷跡や体毛などもその対象に含まれるようになってきています。

ボディポジティブが提唱されはじめた背景

ボディポジティブが広がっている背景には、主に女性が社会から求められる”理想の体型”に苦しめられている現実があります。

世界中で、ファッションモデルの摂食障害による死亡事故は後を絶ちません。アンチ拒食症キャンペーンの写真で世間に衝撃を与えたフランスのファッションモデル、イザベラ・カロさんは、2010年に28歳という若さでこの世を去りました。

しかし、いまだ雑誌や広告には極端にスリムな体型のモデルが起用されることが圧倒的に多く、モデルや女優、アイドルは細くなくてはならないというイメージが浸透しています。

一般人も例外ではありません。「痩せるときれいになれる」「太るとブスになる」という刷り込みのために、摂食障害に陥る人は数多くいます。2022年の時点では、日本国内の摂食障害の患者数は22万人にものぼると推定されているのです。(参考:国立国際医療研究センターHP

テレビやSNSでは日々さまざまなダイエット法が発信され、”理想の体型”に近づくために厳しい食事制限を課している人も少なくありません。社会全体が、強大なファットフォビアに支配されています。

こうした外見至上主義によって苦しめられる人々を救うため、ボディポジティブという考え方が提唱されはじめたのです。


ボディニュートラルとは?

一方のボディニュートラルとは、自分の外見や体型に対する感じ方をそのまま受け入れようとする考え方です。もしファットフォビアの傾向が強く、自身のふくよかな身体に対して自信をもてないとしても、そのネガティブな感情もまた、ありのまま受け止めようという価値観なのです。

ボディニュートラルが提唱されはじめた背景

「ネガティブなままでいいの?」と思う方もいるかもしれません。もちろん、自身の体型をそのまま愛することができれば、それがもっとも健康的な状態といえるでしょう。しかし、いくらボディポジティブを頭で理解していたとしても、それをすぐに実行できる人は少ないのではないでしょうか。

長い時間をかけて築き上げられた価値観や美的感覚は、すぐに切り替えられるものではありませんよね。「太ってても大丈夫!」といわれても、やっぱり二重顎は気になるし、くびれは欲しいと思ってしまう……そういった方がほとんどだと思います。

その中で無理にボディポジティブばかりを意識しすぎてしまうと、「なぜ自分は自分を愛せないのだろう」と、かえって自己肯定感を下げてしまうことにもつながりかねません。ボディポジティブを負担に感じてしまうときには、自身の体型を愛せない自分もまた許していこうとするボディニュートラルの考え方が必要になってくるのです。

心を守るためのボディポジティブがかえって心を追い詰めることにならないよう、「私は太ったままでもいいんだ」「でもやっぱり、痩せたいと思ってしまうなあ」と、ポジティブな意識とそれに対抗するネガティブな不安や落ち込みを、中立的に受け止めることがボディニュートラルなのです。


ボディニュートラルが描かれたエッセイ『「ファット」な身体』

アーティスト・ファッションデザイナー兼、精神科看護師として活躍されている津野青嵐さんという方がいます。彼女は3Dペンを用いて作成された服など独創的なデザインで注目を集めています。

津野さんは現在、大学院にて「ファット」な身体との付き合い方について研究されており、文芸誌『文學界』では『「ファット」な身体』というエッセイを連載されています。その第1回は『文學界』のnoteにも公開されていて、無料で読むことができます。

彼女の身体に対する捉え方は、まさにボディニュートラルを体現したもののように感じられました。津野さんの繊細な感性をもって、身体への素直な違和感と肯定感が表現されています。

個人的に、終盤に登場する「脂肪細胞」の話がとても可愛らしくて大好きなのです。

 生きるために必要なエネルギー源となる栄養を蓄える役割を持つ脂肪細胞。太れば太るだけ増えていくのだろうと想像していたが、実はそうではなかった。(中略)脂肪細胞には大きくなれるサイズ的な限界があり、それを超えるほど太ることでようやく「増殖」を始めるというのだ。一方、一度増えた脂肪細胞の数は減ることはない。つまり、ダイエットなどで栄養の供給が減っていくと、脂肪細胞はただ小さくなっていくだけなのだ。面白いことに、脂肪細胞は脂肪組織として最大に増えた状態を覚えており、細胞のサイズが小さくなると、元の状態に戻すため、食欲を増進させ、もっと栄養を蓄えるように働きかける。

 ……まるで、脂肪細胞は意志を持っているかのような話だ。(中略)私が最高体重である125kgを超えたときの脂肪細胞たちは、きっと私の身体の中で大いに増殖し、盛り上がっていたことだろう。(後略)

 そうなると、想像してしまうのが、私がダイエットをする度に小さくなっていった脂肪細胞たちの気持ちだ。仲間たちが次々に痩せほそり、お互いの距離が遠くなっていくにつれ、かつては密着し合っていた大勢の仲間との繋がりが失われ、孤立し、きっと寂しかったのかもしれない……(小さくなった脂肪組織を想像すると、確かにもの悲しさがある)。今思えば、私は彼らに随分と可哀想なことをしてしまっていたのだ。こう考えると、これまで司令塔だと思い込んでいた「私」よりも、身体の中にいる「脂肪細胞たち」の方が強い権力を持っているようだ。彼らは私の行動や身体全体を乗っ取ることで、仲間に囲まれ満たされていた過去の時間を、全力で取り戻しにかかってきていたということになる。

太っているときには「大いに増殖し、盛り上がっていた」であろう脂肪細胞たち。そして、ダイエットするたびに「かつては密着し合っていた大勢の仲間との繋がりが失われ、孤立し、きっと寂しかったのかもしれない」脂肪細胞たち……。こう考えると、太るということがとても豊かであたたかみのある、美しい行為にも思えてきます。

津野さんは、いまだ「太り」との付き合い方を明確には見つけられていない、と語っています。しかし、それでも「太り」のなかにひとつの愛らしさを見出した彼女は、たしかにボディポジティブへ歩みはじめているのだと思います。

自身の体型にどうしても自信が持てない、太ることへの恐怖が拭えない方には、ぜひ一度よんでみてほしい珠玉のエッセイです。


まとめ

今回は、ボディポジティブとボディニュートラルという2つの考え方についてご紹介しました。誰しもが、人生に一度は自分の体型にコンプレックスを抱いたことがあるのではないかと思います。女優やアイドルがデビューのために過酷なダイエットをしたという苦労話もよく耳にします。

「ファット」を許す文化は少しずつ広まってきているはずです。次は、「スリム」への過剰な賛美から脱していくことが必要だと思います。「スリム」への信仰から完全に抜け出すことは難しいけれど、時間をかけて、根気強く、一人ひとりの意識改革によって社会を変えていきたいと感じます。


【参考】
ELEMINIST「世界で急速な広がりを見せる「ボディポジティブ」とは?」2023年8月7日発行

COSMOPOLITAN「無理に愛さなくても良い?「ボディ・ニュートラル」という新概念」2021年9月2日発行


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