秋のあけび
昔、実家では親父と爺さんが山の仕事をしていました。
先祖代々の山を守っておりましたので、自分ちの山で仕事をしていました。
山の仕事というのは、育った木材(杉、ヒノキ)をチェーンソーで伐採し、5m位に切り揃え、ワイヤーで吊り下げて100m以上も運搬し、トラックに積み上げ木材市場に出荷するのです。
木材を伐採した跡には、ヒノキの苗木を植林していきます。
その木材が出荷されて製品となることができるのは、30年以上先になります。
50年、100年先を見越して計画的に伐採・植林をしていかないと財の継承は難しいですね。
先祖代々受け継いできたものを次の代に引き渡す、そういう使命があると思うのです。
伐採現場や集荷場所は危険と隣り合わせなので、遊び場ではなかったですが、時折そこに連れられて行くことがありました。
ヒノキを切った独特のいい匂いがプーンと漂っていてえもいわれぬ空気に包まれていました。
池の水と田圃の水は、その集荷場所の近くの谷から溝を通して採っています。200m位でしょうか、谷から取水した水が溝状の水道を下って来ます。
まず、池の水となり、次に田圃の水となるのです。
取水口のある場所は、ヒノキの香る木材集荷所から獣道を歩いてすぐのところにありますが、ジャングルのような異空間を分け入って進んで行くのです。
樹木がアーチ状にトンネルを作っており、中は薄暗くなっていました。そのトンネルを抜けると谷の水面に陽の光が反射してキラキラ輝いています。
子供の頃からここは私のとっておきの場所です。
家から200mくらいの距離で、歩いても10分もかからない場所にあります。
この谷に来て、岩に座って水の流れを眺めると、何だかいい気分になれるのです。
周りは、ヒノキや杉、竹やぶに囲まれ、真ん中に谷の水が流れてきている。幅は5m程、細い流れです。静寂の中に水の流れる音、そこに身を置くと心が落ち着くのです。
小さな滝と滝壺もあります。
その脇には大きなヒノキが聳えています。
このヒノキには昔、熊が爪を研いだと親父から聞いた覚えがあります。上の方に皮が抉れた箇所があるので、本当のように聞こえました。
むしゃくしゃすることがあったり、うまくいかなくて落ち込んだ時に決まってここに来るのです。
テストの点が悪かった時、勉強で行き詰まった時に気分転換にもってこいの場所でした。
自宅で浪人生活をしていた頃です。
これから寒くなる11月の初め、年内はあと2ヶ月で、年が明ければすぐに受験シーズンがやって来る、そんな季節でした。
英語、国語、世界史の3教科での受験ですが、勉強が思うように捗らないようになってしまいました。気持ちは焦る、勉強は捗らない。
谷に散歩に出掛けました。
森林浴と水の音で何とか気分を変えるのだという気持ちです。
木々の隙間から覗く青空、ヒノキの幹の茶色、葉の緑、水の色、岩にぶつかる水の音。
小一時間そこに座っていました。
今は苦しい時かもわからないが、一生懸命やるしかないな、と自分を納得させて帰路につきました。
帰り道で、手が届く高さに、「あけび」がぶら下がっていました。
皮が割れて、笑っているのが3個ありましたので、蔓ごと切って家に持って帰りました。
縁側に置いて、和室で勉強しておりますと、
畑仕事から戻ってきた母親が、汗をふきふき縁に腰掛け、「晩ごはん何にしようかね」と話かけてきます。
「何でもえいよ」と返事をしますと、
「あ、あけび。一個呼ばれようかね」と置いてあるあけびを手に取り、中の実というか種を指で掬ってムシャムシャと口の中へ入れ、
「もう一個呼ばれよう」と次の一個にてを伸ばしムシャムシャムシャとおいしそうに口の中。
「食べたかったら、どうぞ」と俺。
「そうかね、じゃ遠慮なく」と母。
そんな秋の光景を思い出す「あけび」です。
弘瀬厚洋
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