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レモンサワーの次に来るのは「ハード・セルツァー」?

とどまらないレモンサワー人気

レモンサワーの人気が止まりません。飲食店でも家庭でも、みなさんこぞってレモンサワーを楽しんでいるようです。2019年10月に発売されたコカ・コーラ社の「檸檬堂」は、2020年1月には出荷が追いつかなくなるほど売れ行き好調で、上半期のヒット商品にも選ばれています。


レモンサワーの人気の理由は、色々と挙げることができそうです。飲み飽きないさっぱりした味わい、レモンからイメージされるビタミンなどの健康感、他の酒類に比べて糖質やプリン体が少ないことなど、支持されるにはやはり相応の理由があります。

それに加えて、実は酒税問題も大きなポイントです。ビールに比べて酒税が低いので、居酒屋でも比較的手頃な価格設定をされていることが多いのです。さらに、この10月の酒税法改定で新ジャンル(第三のビール)が値上げされたのに対して、レモンサワーなどは据え置かれていますので、スーパーなどの店頭でも手に取られやすくなっています。(酒税に関しては、以前書いたこちらの記事をどうぞ)

このレモンサワー、実は外食産業の世界ではかなり前から注目されていました。というのも、居酒屋などにおいてレモンサワーは「停滞した巨大市場」だったからです。この「停滞した巨大市場」という観点は、とても示唆に富んでいると思いますので、もう少し説明させてください。

ハイボールが攻略した「2杯目市場」

今でこそ環境は変わりましたが、2000年代くらいまでは居酒屋などに行けば「まずはビール」という風習が残っていました。それくらい「1杯目市場」は、ビールに完全に占拠されていたのです。問題はその後です。ビールで喉を潤した後に何を飲むかは人それぞれです。早々に日本酒やワインなどに行く人もいれば、レモンサワーやウーロンハイなど飲みやすいお酒に流れる人もいます。そういう意味で「ビールの後の2杯目市場」はかなり流動的で、言い方を変えれば、参入のチャンスとも捉えられる状況でした。

そこに一気に攻め込んだのがハイボールです。国内のウイスキー市場は1983年をピークにずっと右肩下がりで、多くの人はウイスキーを過去の遺物と捉えていました。しかし、ウイスキーが企業にとって重要な意味を持っているサントリーは違いました。そうした状況を打破すべく、ウイスキーのソーダ割りである「ハイボール」を押し出した強烈なマーケティングを、2008年から一気に仕掛けたのです。

その結果、市場がどうなったかは、みなさんご存知の通りです。私自身もまさかここまで定着するとは思ってもいませんでした。ハイボールの成功要因を考えたときに、大きなポイントになったのは、居酒屋などの食シーンにおいて、ビールの後の2杯目市場を押さえることに成功したからだと私は考えています。当時、ウイスキーとはオーセンティックなバーでしっぽり楽しむ嗜好品と多くの人は見ていましたが、それをソーダで割って居酒屋における「食中酒」(食事中に飲むお酒)にしたことで、巨大でありながら勝者がいなかった「2杯目市場」をごそっと奪っていったのです。

停滞していたレモンサワーとウーロンハイ

ハイボールに大きくシェアを奪われたものの、依然居酒屋などの飲食店で多く飲まれていたのは、レモンサワーとウーロンハイでした。飲食店では「ABC分析」といって、注文点数の多いランキングを把握することがありますが、レモンサワーとウーロンハイは特に店がアピールしなくても、大抵の店でAランクに位置している商品でした。しかし、ほとんどのお店やお客はそれについて特に意識をしていなかったのです。要するに市場としては完全に停滞していたわけです。

この停滞した巨大市場にいち早く気づいた飲食店は、独自のレモンサワーを打ち出し始めました。レモンを凍らせてそれを氷代わりにしたり、レモンを漬け込んでレモン酒をつくってみたり、様々な工夫を凝らしていきました。多くの店がそうした動きを重ねていく中で、「なんだかレモンサワーが人気らしい」という気運が次第に高まっていったわけです。

ちなみに、もうひとつの停滞巨大市場であるウーロンハイについても、レモンサワーほど活発ではないにせよ、動きが見られるようになりました。市販のペットボトルや紙パックのお茶を使うのではなく、こだわりのお茶を自ら淹れて、それを使った「クラフトお茶ハイ」的な商品を打ち出すお店は確実に増えています。食事に合わせやすい、飲み飽きない、炭酸でおなかが膨れないなどの理由で、「お茶割り」には一定の支持がありますから、この流れはこれからも続くことでしょう。

さらに、注目したいのは飲食店における「ソフトドリンク」の市場です。居酒屋などアルコール主体の店では、ウーロン茶とコーラやジンジャーエールなどの炭酸飲料、ちょっと気をつかったとしても瓶入りの炭酸水がおいてある程度という店がほとんどです。しかし、レオス・キャピタルワークスの藤野英人さんが著書「ゲコノミクス」で書かれているように、「お酒を飲まない人・飲めない人」の市場は膨大です。高級店ではコース料理に合わせて、ノンアルコールのペアリングなどを用意するケースが増えてきましたが、市場全体ではまだまだです。この「飲食店におけるノンアルコール」という停滞した巨大市場でも、今後大きなうねりが出てくることでしょう。

「ハード・セルツァー」は日本でも流行るのか?

飲料の世界にはさまざまなトレンドがついて回りますが、何か新しい兆しはあるものでしょうか。個人的に気になっているのは、「ハード・セルツァー」(Hard Seltzer)なるものです。アメリカ在住の友人から、半年ほど前に「日本でもこれからハード・セルツァーは流行らないかな?」と言われて、私も初めてその存在を認識したくらいなので、多くの人にとっては初耳でしょう。

しかし、このハード・セルツァーはアメリカでは、昨年あたりからものすごい勢いで市場が膨れ上がっているようなのです。簡単に言えば、「サトウキビ由来のアルコールを炭酸水で割り、そこにフルーツなどのフレーバーを付けた缶飲料」のことです。それを知って私も最初は「ほー」と思ったのですが、よくよく考えてみれば、「それって、、、缶チューハイじゃない?」として、頭の中が「???」となってしまいました。

日本の缶チューハイはベースのアルコールが焼酎だったり、ウォッカだったりするという違いはあるものの、全体像としては日本における缶チューハイと大差はないはずです。ただし、アメリカでは、それが低カロリーだったり、アメリカの支持のされ方らしく「グルテンフリー」だったりすることが、大きな価値を持っているようです(ちなみに缶チューハイはビールに比べてカロリーが低いわけではありません)。

個人的にハード・セルツァーが缶チューハイと大きく違うと感じるのは、パッケージがデザイン性に富んでいて、その商品を手にしているだけで気分が高揚したり、思わずそれをSNSにアップしたくなったりするような仕上がりになっていることです。一方で、日本の缶チューハイは、いかにも「缶チューハイ然」としていると思いませんか。コカ・コーラの「檸檬堂」はそのデザイン性が評価されていますが、それは「缶チューハイ文脈」からうまく離れたせいでもあると思います。

聞くところでは、アメリカにおけるハード・セルツァー人気は高まる一方で、大手ビールメーカーはもちろん、多くのクラフトビールメーカーもこの市場に参入しているようです。そして、スーパーマーケットでは棚一面に様々なハード・セルツァーがずらりと並んでいるのだとか。

大切なのは可能性を軽視しないこと

さて、このハード・セルツァーのトレンドは日本にもやってくるのでしょうか?個人的にはどこかの飲料メーカーが新商品を投入するだろうと思っています。果たしてそのときにハード・セルツァーが人々に受け入れられるのかはわかりません。ひょっとすると、競争の熾烈な缶チューハイには太刀打ちできないかもしれません。

しかし、ここで自戒を込めて気をつけたいと思うのは、単に「先行する商品やカテゴリーがあるから」という理由だけで、その可能性を軽視するべきではないということです。ハイボールにしても、2008年当時はかなり多くの人が「ただのウイスキーのソーダ割りでしょ。そんなの昔からあるし、今更飲まないよね」として、そのポテンシャルをまったく評価しなかったのです。

よく言われるように、まったくのゼロからの商品開発など滅多にあるものではありません。すでにあるものをチューニングしたり、アップデートしたり、編集したりというプロセスを経ることで、「今の時代にふさわしい価値」を提案して、それが支持されるというのは、商品開発における王道の方法論です。

そう考えると、ハード・セルツァーは、仮に中身が缶チューハイに近かったとしても、時代に即した価値観を提示し、チューハイとは違う見せ方ができれば、そこには可能性があるのではないでしょうか。その場合には、既存の缶チューハイユーザーではなく、むしろこれまで缶チューハイを避けてきたような層にこそ支持されるのではないかと思います。いずれにしても、このハード・セルツァー、どこかのメーカーが早く発売して欲しいものです(笑)。

ちなみに、アメリカのコカ・コーラが2021年、ハード・セルツァーでアルコール市場に38年ぶりに参入するとのこと。これはアメリカにおけるハード・セルツァー人気が大きな理由でしょうが、日本コカ・コーラの檸檬堂の成功の影響もきっとあるのではないかと推察しています。


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