私的生き物五十音

〈題名〉私的生き物五十音〈氏名〉小山 尚

《アメフラシ》

【意味】

 残像.

 退化したカルシウムを,

 境界線を含まない背中で,

 飼育しながら,

 紫色の

 正射影を形成すること.

 ゆえにベクトルと推測される.


《イナゴ》

【意味】

 テイラー展開により,

 エビと近似である

 と見做すことが,

 可能であることで,

 よく知られている

 関数.

 例外的に,

 稲を食み食み,

 鋭角を見せびらかしながら,

 分身するその姿は,

 矩形であるといえるだろう.


《ウッドチャック》

【意味】

 大型の掘削機.

 計四本のレバーを用いて,

 y=tanθの概形を,

 ISO規格に従って,

 庭園

 を,

 跳躍しながら描くことによって,

 春を知らせる影を,

 落とす装置.


《エビ》

【意味】

 角加速度の一種

(単位は[rad/s^2]).

 右ねじの法則による,

 緩やかな

 ベクトル由来の,

 囮をつくっては,

 バックステップし続ける

 現象.


《オウム》

【意味】

 主にカラーテレビのことを指す.

 また,

 完全一度音程を,

 モノラル

 に沿わせることで,

 排泄と出産を,

 異なる器官で,

 同時におこなうこと.

 その際は,

 振動か,

 海.


《カネタタキ》

【意味】

 人家に不法侵入しては,

 一つ一つと,

 鼓膜を破壊する,

 地球外生命体.

 または,

 それを模した器械.


《キンシコウ》

【意味】

 明瞭の類.

 香辛料を,

 ふんだんに使用した,

 残部僅少の,

 熊本県熊本市

 でもある.

 もしくは,

 繰り返される,

 体系化された,

 繁殖

 (随所で成功を確認済み).


《クラゲ》

【意味】

 n次元の空間ベクトル

 (nは自然数).

 コロイド粒子のような,

 筋繊維の束が,

 幽かにアルカリ性

 (pHが8~11程度)

 へ,

 漸進すること.

 逆に,

 ヘリウム.


《結核菌》

【意味】

 国民的ミイラ.

 かつ,

 錆びた泡沫.

 インフラ整備が,

 されていない

 (されている)

 気道を,

 可逆的に,

 滑走する用務員のこと.


《コアラ》

【意味】

 オーガニックな,

 火炎放射器.

 青酸化合物が,

 肝臓や,

 盲腸と,

 踊っているさま.


《サルモネラ》

【意味】

 主に家畜在住.

 数多あるモデル体型から,

 複数の糸状の手足を選択し,

 夏場になると,

 水分活性の高い

 運動

 を,

 楽しむ姿のこと

 (お湯に浸すと死ぬ).


《シカ》

【意味】

 六十八種の音色.

 かつ,

 権威.

 夏野のような,

 コンクリートの車道

 (歩道でも可)

 を,

 背後の斑雪を拡散させながら,

 そぞろ歩くことで,

 都市機能の一部を寝かしつける様子.


《スタウラストルム》

【意味】

 鼓.

 あるいは,

 ビーコン.

 単細胞な音階に従って,

 信号

 (音波,狼煙,篝火を用いる)

 を,

 有機的に,

 送ったり,

 送らなかったり

 する分岐点.


《セキレイ》

【意味】

 伊万里市大川内に存在する,

 秘匿の器の一つ.

 三人の箱入り娘

 (着色方法によって分類される)

 が,

 尾てい骨を,

 精巧に用いることによって,

 石や,

 庭を,

 丁重に打撃する様子.


《ソウギョ》

【意味】

 食べられる除草剤

 (便宜上).

 顎口虫の幼虫を経由して,

 腸壁を破りつつも,

 沈殿する糞や,

 浮遊する卵を,

 クール宅急便

 で発送してくれる,

 エサ代不要な

 技術.


《タヌキ》

【意味】

 八畳程度ある金玉

 風味のウイスキー.

 幼少期に,

 集めた信楽焼は,

 夜行性の,

 コンポストだったのかもしれず,

 また,

 人里近くで,

 化学変化していたのかもしれない.

 と,

 錯乱する様子.


《チョウ》

【意味】

 約二五〇種類の,

 線対称な図形.

 もしくは,

 春の偶関数

 (日本の場合).

 区分求積法で,

 求められた視覚には,

 (現時点では)

 七五調が確認されていない.

 また,

 鱗粉由来の,

 金属光沢には,

 幻覚作用があるとされている.


《ツル》

【意味】

 連立方程式の片割れとして,

 よく知られている,

 冬の線形

 (すさまじい垂直なので

 内積は0であることが言える).

 幸せ

 (国産)

 や,

 不幸せ

 (北欧産)

 を,

 「赤銅」に書き換えては,

 人里に集まり,

 哭く状況.


《テントウムシ》

【意味】

 太陽位置図より,

 任意の観測点から,

 最も遠い地点で,

 死んだふりをし,

 黄色の体液

 を垂れ流すことで,

 万年床から,

 ワインを生成する手法

 (生きた農薬として使用される).


《トカゲ》

【意味】

 疾走する夏の憧憬.

 紅絹を切り裂く度に,

 生成される,

 持続性の高い化石.

 草むらや,

 岩陰に

 隠れては,

 尾を切り離し,

 秘匿性の高い羊

 に贈与する仕組み.


《ナマコ》

【意味】

 口が肛門で,

 肛門が口と,

 なっている

 人参.

 筋肉を含有する,

 水溶液で,

 いにしえのネズミを,

 蝉の鳴き声

 を立てながら,

 食す行為.


《ニシン》

【意味】

 高騰した春一番が,

 天から垂れることで,

 網状の御殿が,

 扁平な卵から

 度々形成されるような状況

 を,

 ネコが横断する様子.


《ヌートリア》

【意味】

 裏地.

 臀部にミミズを,

 装着している.

 電源ケーブルを

 噛み千切る歯から,

 式を立てることによって,

 等比級数的に

 子孫を形成することを,

 可能にすること.


《ネオンテトラ》

【意味】

 青色と,

 赤色で

 描写された,

 カージオイド.

 カタツムリ形の,

 希ガスのサインを,

 淡水に浮かべては,

 金

 や,

 白金

 状のバクテリアに,

 覆われてしまう様子.


《ノウサギ》

【意味】

 冬の擬態.

 夜行性の足跡

 を,

 宙に舞わせることで,

 小学校が閑古鳥まみれと化す

 現象.

 赤色の

 参考資料が,

 山道を突き抜けていく

 瞬間.


《ハマグリ》

【意味】

 手段

 と,

 目的

 を,

 はき違えている様子を,

 擁壁の上で,

 ゼラチン状の蜃気楼

 を咥えたスズメが,

 豊かな音を立てつつ,

 眺めたまま

 大水に入る姿.


《ヒバリ》

【意味】

 からから

 と,

 地表を徘徊しながら,

 紅潮する春日に

 影を沈めては,

 ツルや,

 バンと共に揚げられ,

 現在の茨城県にて,

 「囀り」として

 献上される様子.


《ブリ》

【意味】

 紡錘形の冬,

 新鮮な

 嫁ぎ先の家へ,

 塩を投擲することで,

 脂まみれの空

 を,

 くもらせること.


《ヘビ》

【意味】

 肥料.

 程よい速度で,

 右斜め上にスライドしながら,

 眼を,

 一枚の鱗で覆い,

 伸縮可能な海

 へと,

 身をねじる

 頃合い.


《ボルボックス》

【意味】

 複雑化の際,

 贈与される,

 自転する

 菊の花束.

 このような

 浅緑色の生娘

 の大群.


《マツムシ》

【意味】

 都市部にて,

 高値で取引される

 爆音

 を,

 イネ科植物

 の茎に,

 擦り付ける様子.

 三つのサイコロ

 が,

 陶器内で,

 とぐろを巻いている

 わけではない.


《ミジンコ》

【意味】

 表面積の大きい脚

 を,

 透明な核へ,

 おもむろに畳み込み,

 温められた水中

 を,

 独自の方式で,

 跳躍すること.


《ムツゴロウ》

【意味】

 湿度の高い,

 碇状の下顎

 で,

 干潟を抉る姿は,

 日差しを乱反射する

 珪藻の結晶とされている.


《メダカ》

【意味】

 婦人病に効く薬を,

 水瓶に詰め込み,

 季節外れの

 斑雪に,

 叩きつける.

 この,

 実用的な残像

 は,

 ボウフラを,

 食糧とみなす社会

 のモデルとなっている.


《モズ》

【意味】

 小動物の干物

 を,

 平行に蓄積する

 ことによって,

 入手した音律を,

 積雪に添える行為.

 なお,

 一匹のシカには,

 百枚の舌苔

 が付着しているという.


《ヤドカリ》

【意味】

 不特定多数の

 関節を,

 無作為に抽出

 したもののみ,

 不規則に動かし,

 柔らかい腹部を,

 再生可能な材料の下,

 熟成させる工程.


《ユリカモメ》

【意味】

 全体が

 白い金属の体で,

 天のちょうど九段下を,

 攻撃的に走り抜ける様子.

 無数の声優が,

 過去に記録したであろう

 音声ファイルが,

 ひしめき合ってもいる.


《ヨザル》

【意味】

 夜行性の眼球は,

 実験に用いられる.


《ラマ》

【意味】

 コーカサスオオカブトを,

 左斜め下に

 すり潰したもの.

 このような

 供物を,

 山岳地帯の子供たちに,

 寄付すること.

 贄.


《リス》

【意味】

 ブドウを一房携え,

 北風が,

 南風に,

 変わるのを予期し,

 プラスチックの共同体

 を,

 主に東海地方で形成すること.


《類人猿》

【意味】

 火災現場に

 駆けつけては,

 四肢の関節を丁寧に外し,

 踊る様子.

 それを眺めつつ,

 全身の毛を剃る個体もいる.


《レッサーパンダ》

【意味】

 二足歩行の毛皮を

 全国規模の缶コーヒー

 に浸すことで,

 食品衛生法のもと,

 再命名をおこなうこと.

 (臀部に接続されている

 弾性棒は……)


《ロバ》

【意味】

 たった一本指で,

 五月八日を,

 皮膚から

 再構築する様子.

 なお現在は,

 自動車の姿で,
 
 蒸しパンを貪っている

 模様.


《ワニ》

【意味】

 肥沃な土壌から,

 等間隔に,

 頭だけが

 飛び出しており,

 偽りの涙が点在している.

 バナナを添えると,

 塩漬けとなってしまうので

 注意が必要である.


〔備考〕

ナツメ社 「オールカラー よくわかる俳句歳時記」(二〇一〇年一〇月四日発行 編者:石 寒太)を参考とした。
ヲ、ンではじまる生物は存在しないので記述を控えた。

『現代詩手帖』2024年5月号選外佳作(峯澤典子/山田亮太 選)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?