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訴訟を恐れるな! 南米に棲息するポケモン馬たち

 ポケモンは世界的に人気がある。ということは、ポケモンの名前がつけられた外国馬も数多く存在する。そこで今回は、南米で爆誕したポケモン名を持つ馬を紹介する。

 ポケモンシリーズを世に産みだしたのは、天下の『任天堂株式会社』である。ポケモンに加えてマリオの生みの親でもあるため、海外における任天堂という会社自体の知名度も相当高い。チリでは1993年にニンテンドー(Nintendo)という訴えられそうな名前の牡馬がいた。通算成績は4戦0勝と、残念ながら本家のような業績は残せなかった。ニンテンドーよりもさらに裁判を起こされそうな馬がアルゼンチンに存在した。それが2012年に産まれたニンテンドーインク(Nintendo Inc)である。直訳すると「任天堂株式会社」。もうマンマである。しかしながらこのニンテンドーインク、本家に勝るとも劣らないポテンシャルの持ち主だった。母はGⅠ2勝馬、半妹はオークス馬と、アルゼンチンを代表する超良血馬だったのである。気になる成績はというと、なんと未出走。競走馬としてデビューしなかった。もしかしたら、見えない巨大な力に消されたのかもしれない。

 ポケモン(Pokémon)と名づけられた馬は6頭いる。ポケモン①は1997年にベネズエラで誕生した。どうやらこの馬が世界最初のポケモンであるらしい。続いて1998年にペルーでポケモン②が、99年にチリとブラジルでポケモン③④が、2000年にはウルグアイでポケモン⑤が、そして21世紀最初で最後となるポケモン⑥がアルゼンチンで産まれた。この中でもっとも活躍したのは、ブラジルのポケモンである。通算成績は17戦5勝。掲示板(5着以内)を外したのはわずか2回だけで、GⅢでも4着に入ったことがある。

 ポケモンの絶対的センターであるピカチュウ(Pikachu)も、1998年にペルーで産まれたピカチュウ、1999年にアルゼンチン、ウルグアイ、チリ、ブラジルで産まれたピカチュウ、2000年にコロンビアで産まれたピカチュウと6頭いる。チリのピカチュウは驚きのタフネスぶりを披露した。2002年のデビューから2010年に引退するまで、総出走回数は220戦、勝ち星も30勝あげた。これだけ走れば、もはや1ボルトの電圧も放てないだろう。

 南米でのポケモン馬を見ると、2度のブームがあることが分かる。第1次ポケモンブームが起こったのは2000年前後である。

 初代ポケモンの3体といえば、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメである。ゼニガメのスペイン語名をスキルトレ(Squirtle)というのだが、スキルトレという名前の馬は南米には存在しない。しかし、ブルバサウル(Bulbasaur)=フシギダネが未出走だが2000年にアルゼンチンで産まれている。チャルマンデル(Charmander)=ヒトカゲはまず1997年にチリで、2000年にアルゼンチンで、2014年にはベネズエラで誕生している。ヒトカゲが進化すると最終的にチャリサルド(Charizard)=リザードンになるが、2001年産のアルゼンチン牝馬にチャリサルドという名前がつけられた。なんだか喧嘩になると火を噴くがごとく罵ってきそうな母ちゃんだ。

◆ ベネズエラのリザードンは24戦4勝。

 2000年前後につけられたポケモン馬名は他にも、アルゼンチンのラッタタ(Rattata)=コラッタアラカザム(Alakazam)=フーディンスノルラクス(Snorlax)=カビゴンモルトレス(Moltres)=ファイヤー、ウルグアイのマチャンプ(Machamp)=カイリキー、ペルーのカンガスカン(Kangaskhan)=ガルーラなどがいる。この時期にポケモン馬が数多く誕生したのは、ポケモン赤緑青・金銀の人気が世界的にすさまじかった証拠だろう。

 第1次ポケモンブームが落ち着いてからは、今さら感が否めなかったのか、ポケモン馬名は細々とつけられるにとどまる。

 2008年にアルゼンチンでアウンテル(Haunter)=ゴースト、2010年にウルグアイでカダブラ(Kadabra)=ユンゲラーが馬名に使われた。ちなみに、ユンゲラーもフーディンも存在するが、アブラ(Abra)=ケーシィという名前の馬はいない。2011年にはウルグアイで再びチャリサルド(Charizard)=リザードンが登場する。しかも、同馬の父は2000年に産まれたポケモンである。ウルグアイのポケモンは38戦2勝とたいした活躍はできなかったが種牡馬となり、チャリサルド1頭だけを産駒として残した。リザードン(父ポケモン)とは、明らかに狙っている。なお、チャリサルドはウルグアイのスタッドブックに出走歴が書かれていないので、競走馬としてデビューはしてない。2013年にはブラジルでフラレオン(Flareon)=ブースターが、2014年にはベネズエラでヘンガル(Gengar)=ゲンガーという馬が産まれた。

◆ ⑨フラレオン(ブースター)はデビュー戦を勝って1勝をあげた。

 第2次ポケモンブームが訪れたのは2016年、特にアルゼンチンでのことである。この年に何があったのかピンとくる人も多いのではないか。そう、ポケモンGOが2016年7月6日にリリースされたのである。

 アルゼンチンで2016年8月24日に産まれた牝馬に、著作権恐るるに足りず、訴訟ばっちこい精神でつけられのが、ポケモンゴー(Pokémon Go)である。ポケモンゴーは現役の競走馬であり、12戦1勝という成績を残している。また、同年8月1日には、ポケモンエクスゴー(Pokémon Ex Go)というパクりアプリみたいな名前の牡馬が産まれた。この馬は2020年11月にデビューしたばかりで1戦0勝。ちなみに、ポケモンゴーとポケモンエクスゴーの馬主はまったくの別人である。

◆ 日本なら完全にアウトな馬名⑧ポケモンゴー。

 2017年にはイベエ(Eevee)=イーブイが現れた。イーブイの進化繋がりでは、ブースターはすでにブラジルにいるが、2016年にはアルゼンチンでバポレオン(Vaporeon)=シャワーズが産まれた。ジョルテオン(Jolteon)=サンダースは残念ながら存在しないが、ブラジルでは2016年にオリンピックジョルテオン(Olympic Jolteon)という馬が誕生した。この馬はブラジル牡馬2冠目のGⅠフランシスコ・エドゥアルド・ヂ・パウラ・マシャードを勝ったLv.100である。

 その他にも、カテルピエ(Caterpie)=キャタピースターリュ(Staryu)=ヒトデマンバタフリー(Butterfree)=バタフリーライドン(Rhydon)=サイドンと、2016年の南米産馬にはポケモン馬名が豊富である。

 ポケモンの主人公サトシ(Satoshi)が初めて南米の地を踏んだのは、2005年のウルグアイ産馬である。しかし、初代サトシはレースに出走していない。どうやら、マサラタウンにさよならバイバイした直後の草むらで息絶えたようだ。2代目サトシ(Satoshi)は2017年のアルゼンチン産馬につけられた。現役の競走馬であり、ここまで5戦0勝。草むらは抜けたが、最初のジムリーダー戦でリセット地獄に陥っている。調教を積んでレベル上げするか、ふしぎなアメ増殖バグで初勝利をあげてほしい。

 2017年産のタケシ(Takeshi)はペルーで奮闘している。11戦2勝、GⅢでも4着に食いこむなど、ジムリーダーっぽい活躍はできている。なお、この馬の馬主はおそらく中国系である。カスミ、ワタル、オーキドという名前の馬はいない。ちなみに、オーキド博士のスペイン語名は「プロフェソール・サムエル・オーク(サムエル・オーク博士)」と名前が変わっている。ポルトガル語にいたっては「カルヴァーリョ博士」であり。もはや誰?レベルの改名である。ムサシ、コジロウ、ニャース、サカキといったロケット団の面々も南米産馬には存在しない。

◆ ②タケシはペルーのジムリーダーだった?

 こうして見ると、初代ポケモンの名前が用いられることが圧倒的に多い。チコリータ、ヒノアラシ、ワニノコといった金銀以降の主役級が馬名に使われることはない。また、エンテイ、スイクン、ライコウ、ルギア、ホウホウ、セレビィ、カイオーガ、グラードン、レックーザといった伝説ポケモンの名前も見られない。

 任天堂がまた何か新しいポケモンゲームやアプリを開発すれば、馬名に関してはやりたい放題のあいつらのことだ、第3次ポケモンブームが南米に訪れ、新たなポケモン馬名が増えるに違いない。南米だけでなく、ポケモン馬は世界中に存在するので、興味のある方は調べてみるといいだろう。

―― 完

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