ベジェーサデアルテアーガ税関事件とは何か?カジュアルに解説
アルゼンチンにベジェーサデアルテアーガ(Belleza De Arteaga)という牝馬がいます。現在9連勝中、GⅠ3連勝という、アルゼンチン現役最強牝馬です。
ベジェーサデアルテアーガはアメリカのBCディスタフに出走しようとしています。つい先日、アルゼンチンからアメリカに向けて出発しようとしたのですが……なんと、税関により出国を拒否されました。
これが今アルゼンチン競馬界を騒がせている『ベジェーサデアルテアーガ税関事件』です(僕が勝手にこう呼んでいるだけですが)。
いったい何が起こったのでしょうか?
僕はアルゼンチン税関の専門家ではないし、輸出入の仕組みや関税をそんなに理解しているわけではないので、間違いはあるかと思います。なので、報道で知れる範囲で何が起こっているのか書いていくので、参考までにという感じで読んでくれると助かります。
外国へ物を輸出するときには、その物の価格を税関に申告する必要があります。100万円の車を日本からアメリカに送るときは、日本の税関に「この車は100万円です」と値段を言わなければなりません。
ですが、日本やアメリカにはなくて、アルゼンチンには存在するものがあります。
それが輸出税です。文字どおり、輸出するときに課せられる税金です。アルゼンチンではこれを「レテンシオネス(Retenciones)」と言います。
上の例で言うと、日本からアメリカに100万円の車を送る場合、税金はかかりません。100万円は100万円です。
しかし、アルゼンチンからアメリカに100万円の車を送る場合、100万円+税金が必要です。
では、ベジェーサデアルテアーガはどうなるでしょうか?
BCディスタフに出走するということは、馬をアメリカに輸出することでもあります。そのため、輸出時に馬の価値を申告して、税金を支払わなければなりません。
馬にかかる輸出税は9%?たしかそのくらいだったはずです。
ここで問題になるのが、ベジェーサデアルテアーガの輸出形態です。
競走馬を外国に輸出する場合、アルゼンチンでは2パターンの輸出形態があります。『一時輸出』と『確定輸出(=売却)』です。
『一時輸出』の場合、競走馬は外国でレースに出走した後、アルゼンチンに戻ってこなければなりません。いわば往復切符です。
一方、『確定輸出(=売却)』の場合、アルゼンチンに戻ってくる必要はありません。いわば片道切符です
ベジェーサデアルテアーガはBCディスタフに出走するわけですから、『一時輸出』で申請できます。実際、陣営は『一時輸出』で税関に申請しました。
ベジェーサデアルテアーガの価格として申告された額は12万ドルでした。馬をセールで落札した金額が1万3000ドル、これまでレースで稼いだ賞金がドル換算で約11万ドルなので、まあまあ妥当な金額と言えるでしょう。
つまり、陣営は12万ドルにかかる輸出税を支払う必要があります。
しかし、税関はこれを過少申告(+書類の不備があったらしい)とみなし、ベジェーサデアルテアーガの輸出を、全盛期のパオロ・マルディーニばりにストップしました。
でも、理不尽だと思いませんか?
アルゼンチンで1番強いであろう牝馬をBCで走らせるのだから、ベジェーサデアルテアーガはアルゼンチン代表なわけです。代表選手の道を妨げるなんて……。
さきほど、競走馬の輸出形態には『一時輸出』と『確定輸出(=売却)』の2つあると説明しました。実は1.5番目とも呼べる形態が存在します。
それは、『一時輸出』で税関を通過して出国したものの、現地で心変わりがあって馬を売却した場合です。
仮に、ベジェーサデアルテアーガが『一時輸出』として馬の価格を12万ドルで税関に申告して出国し、BCディスタフに出走したとしましょう。その後、違う国の生産者から高額な購入オファーがあったり、アメリカのセールに上場することになったとします。
するとどうでしょう?馬の価格は12万ドルではありません。そのオファーやそのセールで売却された価格、100万ドルなり200万ドルなりが新の価格になります。
こうなると、税関にしてみたら話が違います。『一時輸出』として12万ドル+輸出税で出国を認めたはずが、実は本当の価値は100万ドルであり、100万ドル分の輸出税を取り損ねたことになるわけです。
しかし、そこは税関もバカではありません。
もしこういう事態が起こった場合、馬主は修正申告をしなければなりません。つまり、真の価格である100万ドルにかかる輸出税を、差額分だけ後から支払います。これをしないと立派な脱税です。
アルゼンチン税関はなぜベジェーサデアルテアーガの出国を拒否したのでしょうか?
それは、ベジェーサデアルテアーガの出国が『一時輸出』ではなく、BCディスタフ出走後の売却も含めた出国、つまり『確定輸出(=売却)』だと判断したからです。
そして『確定輸出(=売却)』である場合、12万ドルという輸出価格の申告は明らかに少なすぎると査定したわけです。
実際、ベジェーサデアルテアーガの陣営は以前に「BCディスタフをラストランとし、その後はどこかのセールに上場させる」と発言しました。
また、日本の生産者から超高額の売却オファーが届いていることは、競馬ファンなら誰もが知っています。何人かの競馬記者の間では、ベジェーサデアルテアーガはBCディスタフに出走後に繁殖牝馬として日本に行くことが決まっているとさえ言われています。
売却であるのならば、ベジェーサデアルテアーガの価格は12万ドルなわけがありません。アルゼンチンGⅠ3勝のBCディスタフ出走馬。100万ドルは超えます。
また、BCディスタフの賞金のこともあります。出走するかぎり、どの馬にも優勝するチャンスはあります。となると、優勝賞金の100万ドルも考慮しなければなりません。
税関視点で考えれば、陣営にアメリカで売却の意思があること、日本からオファーが届いていること、BCディスタフで賞金を得る可能性があることから、どう考えても、『一時輸出』で12万ドルという申請は無理があります。
では、どうして馬主陣営は最初から馬の価格を100万ドルくらいに設定して『確定輸出(=売却)』で税関に申告しなかったのか?と思うかもしれません。
これは、輸出税をいつ支払うかということが関わってきます。
12万ドルで『一時輸出』、後から100万ドルで売却の場合、馬主は100万ドルという大金を手にした状態で輸出税を支払うことができます。
しかし、最初から100万ドルで『確定輸出(=売却)』にした場合、まだ何も手にしていない状態で100万ドルにかかる輸出税を支払わなければなりません。これは金額的にかなり辛い。
というわけで、馬主は税金の都合上、まずは12万ドルで『一時輸出』、後に売却と税金支払いという道を取りたかったんだと想像します。
ですが、絶対に『確定輸出(=売却)』だと思っている税関に過少申告と見なされ、ベジェーサデアルテアーガの出国が拒否される事態となってしまいました。
事件のあらましはこんな感じです。間違っている部分があったらごめんなさい。
今後どうなるのか、正直まったく分かりません。
税関は虚偽申告・不正会計・書類偽造などで馬主を告発する準備をしているという記事を見ました(不可解なお金の動きもあったらしい)。そうなれば、調査のために出国なんてできるはずがないので、ベジェーサデアルテアーガのBCディスタフ出走は不可能です。
ただ、僕のイメージ的にアルゼンチン税関は気まぐれなので、帰国を条件に出国を認めるとか、もしアメリカで売却した場合には修正申告することを条件に、ベジェーサデアルテアーガの出国を認めるかもしれません。
1つ確かなことは、これはもう競馬の範囲を超えた面倒で厄介な事件だということです。したがって、日本競馬はこんなにもリスクの高い牝馬を絶対に買ってはいけません。
もし日本が12万ドル以上の値でこの馬を購入した場合、馬の価値を12万ドルで税関に申請していた馬主陣営の過少申告を認めるようなものです。日本の購入が、馬主を刑務所送りにする決め手になりかねません。
また、税関というのは国の行政機関です。もしベジェーサデアルテアーガを日本が繁殖牝馬として購入できたとして、その後アルゼンチン税関の本格捜査が入ったとしたら、1丁目1番地の証拠品であるこの馬を、繁殖牝馬として使うことができなくなります。それだけでなく、地球の裏側と行政レベルの問題に巻きこまれるという死ぬほど面倒な状況になります。
最悪の場合、脱税の幇助か共犯が成立するかもしれません。
過去に似たような事例で、ストームメイヤーというアルゼンチンの馬が、税関トラブルで10年間も馬房から満足に出られないという事件がありました。
これに巻きこまれたのはサウジアラビアの王族です。問題が解決したのは、購入者である王族が亡くなったときでした。
アルゼンチンには他にも良い牝馬がたくさんいます。わざわざベジェーサデアルテアーガにこだわる必要もないでしょう。
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木下 昂也(Koya Kinoshita)
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