言葉にする、を怠ると
私は満員電車乗車時に起こる理不尽を紛らわせるために、心のなかに小さな芸人を派遣しています。例えば、意味もなく舌打ちをされたら、ムーディー勝山さんを心のなかに呼び、左に受け流してもらったりするんです。不思議なことに、少し気が紛れるので、騙されたと思って実践してみてください。※責任は取りません。
これは、その話を双子の片割れにしたときの出来事です。
その前に、まず私の片割れについて説明させてください。私は双子の姉妹で、もうひとりの方が(一応)お姉ちゃんなんですけど、お菓子作りが好きで、アウトドア派。ポワポワとした見た目に反して、吐き出す言葉は結構な確率で心をえぐってきます。そして、行動の斜め上を行く人なんです。
母に小松菜を頼まれ、片割れが一人で買い物に行ったときのことです。帰ってきた片割れは言いました。
「小松菜がなかったから、ほうれん草買ってきた」、と。ここまでは良かったんです。小松菜がなければほうれん草でもいいとは、母も頼んでいたのですから。ただ、袋から取り出したものには驚きました。
「これ春菊じゃん」
「え、ほうれん草って書いてあったよ」
母絶句。まさかそんな間違い方するなんて思いませんよね。
その日以来、”はじめてのおつかい”を見るたびに、「あんなに小さい子でも間違えずに買ってこれるというのに……」と母はこぼしています。
話は戻るのですが、ある日の仕事帰りのことでした。
自宅最寄り駅の改札で片割れと一緒になったんです。たまに、『今どの駅にいるよ』って連絡を取り合って一緒に帰るというのはあったんですけど、この日は本当に偶然会いました。
双子の奇跡~なんて嬉しさを隠しつつ、今日はこんなことがあってさ、なんて話ながら歩きました。冒頭に述べたとおり、私はこの日も心のなかに芸人を派遣していました。髭男爵です。そう、ルネッサーンスです。
「久しぶりに名前聞いたよ」なんて、片割れも笑っていました。
明かりが見えてきて、家の前に着きました。でも、どちらも鍵を取り出す気はありません。途中でスーパーに寄ったため、手がふさがっていたし、リュックの中にある鍵を出すのがお互いめんどくさかったのです。母に開けてもらおうとインターホンを押しました。しかし、待てど暮せど鍵が開く様子はありません。これはもう、自分たちで開けるしかありません。
私は何も言わずに片割れの荷物を持ち、リュックを向けました。
言わなくても、状況を考えれば伝わるだろうって過信しちゃうときあるじゃないですか。その時の私は、完璧にそれだったのです。
『鍵を取り出してくれ』と、目だけで訴えました。すると片割れは、うん、とひとつ頷いたのです。
両手に2つずつ抱えた荷物は重たい。さあ、早く鍵をとりだしてくれ。
そう思った、私の耳に聞こえてきたのは、リュックの開く音――、ではありませんでした。
「開かないやないかーい」
その言葉のあと、少し強めに背中を押されました。
え? いや、なんで?
振り向いた私に、片割れは口だけ笑いながら首を上下左右に動かしていました。
「なにしてんの」
「ひぐち君のマネ」
「そっちじゃないよ。鍵をとってくれって意味だったんだけど。なにしてんの」
「リュックとリュックを合わせて、開かないやないかーいってしたかったんじゃないの?」
「違うわ! もしそうだとしたら、君の荷物持たないよ!」
「あ、そっか」
そう言って片割れは、ケラケラと笑っていました。ちなみに鍵は、その間に母が開けてくれていました。色んな意味で、話すって大切だなあと実感した夜でした。
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