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1人目の客になれた話 烏丸六角編

 涌井慎です。趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。午前6時、四条烏丸を北へ上がります。車の交通量は少ない。祇園囃子も聞こえてこない。さすがにこの時間に聞こえてきたら、あの祇園囃子も騒音扱いされるかもしれない。隣の鉾町のおばはんがきて「おたくの祇園囃子、お上手どすどすどすからすジュニアどすなー」などと、いけずするかもしれません。見上げればスカイハイ。こっちは気分がマスカラス。私のお顔のマスク〜剥がないでください〜。

 空は高い。四条烏丸から北へ目をやれば、遥か彼方、烏丸御池の交差点まで見渡せるかと思うほどに空気が澄んでおります。「烏丸御池」のイントネーションで京都に住んで長い人か、そうでないかがわかります。私は「烏丸御池」と発音しますが、みなさんは、どう発音しますか?嗚呼、活字の限界。

 視力の限界により、それだけ澄み渡っていても、烏丸御池までは見渡せませんが、ギリギリ烏丸六角あたりまでの人通りは確認できないこともない。四条通りの北が錦小路、もう一本北が蛸薬師通り、以降、六角通り、三条通り、姉小路通り、御池通りと続きます。一般的には北の通りから順番に「姉山六角蛸錦」などと言います。「あらまあ、滋賀の北のほうから来はった割に京都のこと、よ〜知ってはりますな〜。マスマスマスマスマスカラス、あいあいあいあい愛らんど。早朝のテンション。

 今朝、照準を合わせた店は烏丸六角にあります。この店については、「7月9日にオープンしまっせ!」と何人かの知人からお知らせいただいていました。私の趣味を理解してくださっている愛すべき人たちのためにも、私は1人目の客にならなければならない。

 この町は朝が早い。祇園囃子は鳴らずとも、烏丸通りの歩行者はそれなりにいはります。烏丸六角あたりまで、それが確認できます。私は少し早足で現地へ向かいます。歩行者が、そこで立ち止まってしまうその前に、誰よりも早くそこに辿り着きたくて。道行く人たちにそこはかとない敵意を持ち、大仁田に「跨ぐなよ」と言った長州の気分で、烏丸六角のその店の前に「止まるなよ」と思いながら足を急がせます。

 6時5分くらい。無事、誰よりも早く入口前に到着しますと、黒いエプロンをしたお姉さんがお店の中から出てきました。私よりもお姉さんだと思っているのですが、年齢というのは、見た感じでは本当にわからないものですから、ひょっとすると妹かもしれません。

 その妹が箒とちりとりを持ち、「7時オープンなんです。申し訳ありません」と言うので、「待たせてもらってもよいですか」と尋ねると「1時間近く待ってもらわないといけませんが」とおっしゃるので「いえいえ、それは構いません」と答えました。柄の短い箒です。妹は腰を屈めながら、無理な体勢で塵をちりとりへ入れていきます。灰色と思っていた床が、みるみるうちに黒く輝いていきます。ある程度、大げさに書いていることは、わかっておいてください。「ごめんなさいね、虫が多くて困ってるんです」どうやら塵と見られたもののなかには、虫も混ざっていたらしい。「いえいえ、夏ですからね、全然気になりませんし、もう綺麗になってますから」やや、話が続いたので妹に「オープンを楽しみにしてたんですよ」と伝えると「それはそれは、ありがとうございます」と返ってきたので、「オープンしたお店の1人目の客になるのを趣味にしているんですよ」と言ってみたところ、「そうですか、はははははははは」と乾いた笑い声が返ってきました。妹は、どう返すのが正解か、咄嗟にはわからなかったのでしょう。それに「どういうことですか」と聞き返すほどの興味もなかったのだと思います。初対面で立場上、その人のことを敬わなければならない場面で自分もあのタイプの乾いた笑い声を発しているかもしれません。別に腹が立つことはないですが、なかなか悲しいものです。

 会話の糸口を見つけるのが面倒になったのか、掃除が終わったからなのか、妹は「それではオープンまでまだ1時間近くありますけど、しばらくお待ちくださいませ」と他人行儀に笑顔を見せながら店内へ去っていきました。オープンまで、まだ時間があるので、『剣客商売』を読みながら時間を潰すことにしました。

 オープン5分前、店内が慌ただしく動き出しました。扉が開き、中から看板各種、ソフトクリームのオブジェなどが出され、ようやくお客さまを待ち構える準備が整いました。つまり、私は、約束の1時間前に家に遊びに行く迷惑な友達のような男なのでした。申し訳ないという思い半分、そのくらいしないと1人目の客にはなれないんですという勝手な言い分半分。「もう少しお待ちくださいね」と笑いかけてくれた妹は他人行儀ではありませんでした。

 7時。開かれた扉のなかへ右足で踏み込み、左足が追随します。レジには妹ではなく、兄がいました。弟かもしれません。どちらにせよブラザー。ブラザーにホットケーキのセットを注文しました。ドリンクはアイスコーヒーにしました。ブラザーは、私のブラザーとは思えない手際の良さで会計を済ましたうえでアイスコーヒーを作り、私に差し出すまでの所要時間、体感15秒ほどでした。トレーに乗せられたアイスコーヒーを両手で持ち、席へ移ろうとすると「ホットケーキは、そちらでしばらくお待ちください」と、レジの隣にある、ストローやフォーク、砂糖にミルクなどが陳列されているスペースを指定されました。そやけどホットケーキやで?けっこう時間かかると思うんやけど、ここで待つの?と思っていたら妹がホットケーキを出してきました。ここまで体感45秒。

 急かされたような気がしましたが、せっかくなので、私はゆっくりさせていただきます。近頃、甘いもの断ちしていたので、アイスコーヒーのシロップとホットケーキのメープル風シロップ&マーガリンの甘さが体感戸愚呂120%で馬渡松子ばりのキレで「ありがと〜ござい〜ますっ!」と言いたくなりました。

 7月9日・土曜日の午前7時、烏丸六角にオープンした「Holly's Cafe」の1人目の客は私です。

体感45秒で出てきた。早い!


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レジNo.0001が嬉しい。

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