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出版社はKindleのサンプルをもっと工夫したほうがいい(下)

昨日は、ちょっと残念なサンプルを2つ挙げた。

たまたまどちらもレシピ本だったけれど、活字の本のサンプルだってたいていは残念な代物で、無駄な白紙のスペースやクレジット、著作権についての記述くらいしか見せてくれなくて、本文がまったく読めないなんてのもザラだ。

それでも、これは親切だ、読ませる、すぐに買いたいと思わせてくれるサンプルもあるので、3つご紹介する。

熱のこもったプロローグに続いて、ひとりの年齢制限ぎりぎりのボクサーをNHKのドキュメンタリー番組の題材として取り上げた経緯が綴られ、いよいよジムで初対面、練習を撮影しつつ話を訊いても会話が続かない寡黙な男が練習後に二人きりになると突如饒舌になり、彼が抱えている重いものが語られる。

ドキュメンタリーに撮られるほう、撮る方ほうのパーソナリティや、ジムの人間模様なんかもじっくりと見せておいて、ここから話が転がり出す、そのタイミングでスパッと切り上げる。この後が気になり、今すぐ続きが読みたくなること請け合いだ。

二度の引っ越しで、以前に買った本はほとんど売り払って手元にない。なのでこの本も、ふと昔を思い出してサンプルを読んだら止まらなくなって、すぐにポチッた。

たっぷり読ませてくれるサンプルだ。冒頭の、少女との邂逅と大きな事件、事件の概要と主人公とのかかわり、主人公の日常からやくざ者との遭遇、主人公に迫る危機……。あらすじを知っている人なら驚くくらいの分量で、ここまで読んでなにも引っかからなければ買わなくていいし、興味が持てれば買って損はない、と判断できる。

『一八〇秒の熱量』もそうだけれど、なんとなく、段落や章立てが終わったところで切るのではなく、作品のよさを知っている人が、ここだというところまでをサンプルにするのが、どれだけ重要かわかる。

この本は、ラジオを聴いて存在を知った。うん、今の説明でどういう本なのかはわかったから、実際にどんな文章なのか確かめてみたい、そんな期待にほぼ完璧に応えてくれるサンプルだ。

都内の公園のテント村で暮らしていた女性が大量に遺したノートを、女性たちのグループで書き起こしてきた「小山さんノートワークショップ」の話、同じテント村で生活していた女性が見た小山さんの日常とその死、そしてテント村に漂着する前の、約十年間の小山さんの日記を、ぼくたちは読むことができる。

あまりに生々しい、肉声そのもののような文章に触れて、戸惑ったり購入をためらったりする人もいるかも知れない。でも、ちょっと値の張る本でもあることだし、これが小山さんです! とばかりに手の内をさらして、琴線に触れた人に買ってもらう考えは、とても好ましい。

もちろん、サンプルを作った人たちは、何も考えずに、ある一定の量をファイル化しているだけなのかも知れないけど。

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