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味覚の砂漠で働いてる

ぼくの勤め先のある一帯は、お昼に食べに行ったり買って帰りたくなるような、そんなお店がまるでない。

もしもあの辺りでお店をやっている人が読んだら気を悪くしそうだから、最寄り駅の名前は書かないでおく。とにかく、コロナのあいだに、ほんの少しだけ息をしていた雑居ビルや個人店がみんな消えてしまい、名前を聞くのもおぞましい不動産屋や土建屋が、つまらないビルばかり建てて、入っている店子はどこも威張っていやがる。

だから、職場の人たちも、弁当持参か、せいぜいコンビニで買う程度で、キッチンカーでも贅沢な部類だ。そのせいか、昼休みになっても誰もビルの外に出ないし、給湯室の電子レンジに行列ができる。

友だちの奥さんの勤める職場が、4月に日本橋からこの街に越してくると聞いたとき、「食べるところ、何っっにもないよ?」と強調したら、こないだ会ったときに、「ほんっっとに! 何っっにもないっ! みんな日本橋に帰りたがってる!」と嘆いていた。

ぼくも同じ気持ちだ。以前の、大門や浜松町、それに芝公園の周辺に帰りたい。毎日お店を変えて、それでもまだ掘り尽くせない、あの一帯に帰りたい。サラリーマンが、そこそこのお値段で真っ当な一食にありつける、志のある料理人が、お店を開いて経営が成り立つような、普通の街で働きたい。

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