【白河の関を越えた日】2022年8月22日

 ついに優勝旗が白河の関を越えることになった。
 三沢は疑惑の判定で優勝を逃した。ダルビッシュですら、菊池ですら、大谷ですら叶わなかった。2大会連続で決勝に進んだ光星も厚い壁に阻まれた。数えてみたら10回も決勝に進み、9回敗退してきていた。その歴史がちょっと面白いので、ここに並べてみた。

左側が優勝校。

第1回大会(1915年)京都二中(京都)VS秋田中(秋田)
開催地は甲子園ではなく「豊中球場」。現在は「高校野球発祥の地記念公園」となっている。

第51回大会(1969年)松山商(愛媛)VS三沢(青森)
延長18回引き分け再試合で敗退。一人で投げ続けた三沢のエース太田幸司は甲子園最初のアイドルと呼ばれた。

第53回大会(1971年)桐蔭学園(神奈川)VS磐城(福島)
青い稲妻の松本や近鉄最後の監督梨田などが有力校の選手としていたが、名選手のいない2校の決勝となった。

第71回大会(1989年)帝京(東京)VS仙台育英(宮城)
元木、仁志、和田、種田、前田などが活躍した当たり年。とんねるずのリアル野球盤で有名な吉岡が帝京の4番で投手。

第85回大会(2003年)常総学院(茨城)VS東北(宮城)
「ダルビッシュをもっても越えられなかった白河の関」と呼ばれた大会。3年生となった翌年の春、夏とも優勝果たせず敗退。

第93回大会(2011年)日大三(東京)VS光星学院(青森)
大谷翔平の花巻東に注目が集まったが、早々に敗退。サッカーの青森山田、野球の光星と言われ、圧倒的な強さを見せたが大敗。

第94回大会(2012年)大阪桐蔭(大阪)VS光星学院(青森)
大阪出身の田村、北條の光星を抑えた藤浪晋太郎と森友哉のバッテリーが勝利。光星は2年連続の準優勝。

第97回大会(2015年)東海大相模(神奈川)VS仙台育英(宮城)
村上宗隆が出場した大会。取られては取り返す、手に汗握る展開だったが最終回に4点を取った大阪桐蔭の勝利。

第100回大会(2018年)大阪桐蔭(北大阪)VS金足農(秋田)
記憶に新しい吉田輝星の熱投が光った大会。しかし根尾昂率いる大阪桐蔭が圧勝した。

第104回大会(2022年)仙台育英(宮城)VS下関国際(山口)
優勝候補の大阪桐蔭を破った下関国際だったが、ついに東北勢が初優勝。満塁本塁打が実施的な駄目押しとなった。


 夏の大会だけで104回やって10回も決勝に進んでいる東北勢。春の大会でも光星などが活躍しているので、言われるほど野球の弱い地域ではない。特に2000年代に入ってからの強さは目を見張るものがある。何はともあれ白河の関を初めて(陸路で)越えた仙台育英の優勝を祝おう。

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