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猫麻呂の記憶の断片 その2

 酒呑童子の妖力。それはとてつもなく強大であり、邪悪でした。

 手頃な人間、もとい、封印の警備をしていた術者に乗り移った酒呑童子。

彼は、瑞雅(みずまさ)を小脇に抱えて歩き出します。

 術者の面影はすでに消え去り、額には立派な二本の角が生えておりました。

「おい、坊主」

 瑞雅を抱えた腕を振りながら、酒呑童子は低い声で唸るように言いました。

「……」

 瑞雅は、全てを諦めた表情で何も言いません。だらしなく手足を地に向けて垂らし、口は真一文字に閉じています。

「私に殺されるとでも思ったか?」

 狂気を孕んだその声に、ぴくりと瑞雅の身体が揺れます。

「お前の血縁は、私を封じた家系……神職のものだろう、違うか?」

「……そ、れが。どうしたと?」

 豪快に笑った酒呑童子は瑞雅をそっと地に下ろすと、瑞雅は腰を抜かしたようにその場に倒れ込みます。鬼は後ずさりをして青い顔をしている彼の額に、とがった指先を伸ばしました。

 夜の闇には、怪しげな赤い月が浮いています。不快に湿った生ぬるい風が、駆けていきました。

「神職の家系とは考えられぬほど、お前のその身には妖の力が渦巻いている。さぞかし迫害を受けただろうなあ、お前は」

 その言葉で、瑞雅の脳裏に今までの出来事が走馬灯のように駆け巡ります。

 その中には、瑞雅のせいで息を引き取った母の姿も。

 瑞雅の双眼から、涙があふれ出します。

 クックッ、と笑った酒呑童子はちょいちょいと自分の方を指さします。

「私もお前も、はじきものにされ、追いやられた異端のモノ。なれば、共に行動するのは悪い話ではないだろう?
 なあ、お前。私と共に、この世に復讐する気はないか?」

 それはヒトでならざるものからの、甘美なささやきと誘惑。

 瑞雅は、冷や汗をかきながらゴクリと唾を飲みます。けれど、その後思わず口の端を上げてしまいます。ああ、それでもいいかと。

 瑞雅はゆっくりと頷きました。

「お前、名前は」

「……瑞雅」

「ほう。ならば瑞雅よ。手始めに、まずは麓の村を滅ぼそうぞ」

 瑞雅はゆっくりと頷きました。酒呑童子は闇に響き渡る笑い声を上げて、呪いを吐き出しました。

 その邪悪な呪いに麓の村が滅んだのは、言うまでもないでしょう。

ですが。


「……旦那様?」

 呪いに倒れ、息を引き取った男の身体を揺する、ひとりの少女がおりました。

 彼女は目を薄く閉じたまま、その身体を揺すり続けます。どうやら、彼女は目が見えぬもののようです。

「奥方様の気配がしません。旦那様、探しに行きましょう。起きてくださいませ」

 彼女の名前は、ございません。

 所々すれた着物に、汚れた肌。彼女もまた、村の者達から迫害を受けていたのでしょう。

 彼女が後の世に闇をもたらす女となるのは、このとき誰も知るよしもありませんでした。

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