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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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2023年11月の記事一覧

【短編小説】5年もあれば、いろいろあるよ。

毎年、年賀状をやり取りするだけの薄い関係だったが、5年前からそれも無くなった。返事がないと分かっていたが、身の回りが一段落ついたある日、私は手紙を書いた。 できるだけ、相手の負担にならないような文章を心がけたつもりだ。ただ、5年間に様々なことがあった私は、それらを全て相手に打ち明けた。たぶん、聞いてくれる相手が欲しかったんだと思う。その手紙に対し、「久しぶりに会いませんか?」と返事が来た時は、とても嬉しかった。 そして、実際に会って、私はその空白の5年間を実感する。 彼

【短編】私と一緒に ♯2000字のホラー

正直に言う。俺は緊張していた。 恋人の家に足を踏み入れるのは初めてだ。 付き合ってから、もう1年以上も経っている。俺の家には何度も来てくれているのに、相手の家に呼ばれたことはなかった。 「あれ?そうだったっけ?」 自分がここに来るのは初めてだと口にすると、彼女は口元に手を当てて、記憶をたどるような仕草をしてみせる。その様子を見ると、自分以外の男は来たことがあるんじゃないかと勘繰ってしまう。 「その辺りに座って、楽にしてて。今、お茶入れるね。」 そう言って通されたワン

【短編小説】これは物語です。

他の人は退屈だと思うかもしれないけれど、私はこの時間が好きだ。 目の前の彼は、私のことはそっちのけで、目の前の紙の束に目を落としている。 この間、私が声をかけたとしても、店員が注文を取りに来たとしても、目を上げることなく、傍に置かれた珈琲に手を伸ばすことなく、彼はその文章を読み続ける。 まるで、私が作りだした世界に入り込んでしまったかのように。 何度もこの光景を目にしている私も、2人で会う度に当然のように来る、この喫茶店の店員も、それが分かっているので、彼の邪魔は決して

【短編小説】春が好きな自分と冬が好きな君

自分が好きなのは春。 暑くもなく、寒くもない、程よい季節。 何より、新緑が綺麗で、何となく気分が上向くのもいい。 新しいことに挑戦したり、新しいものを手に入れたり、自分に変化を起こすのにもいい季節だ。 夏生まれだが、あまりに暑いと直ぐに熱中症っぽい症状を起こすから、夏はダメ。体温は低めなのに、寒いのは割と平気。でも、一人でいるのが辛くなるから、冬も嫌い。 君が好きなのは冬。 一番の理由は空気がキンと冷え切って澄むから。星空がよく見える。昼間は遠くの景色もよく見える。景